2012年12月24日月曜日

We wish. vol.2








————天におられる我等の父よ



御名が聖とされますように。
御国が来ますように。
御心が天に行われるように、地にも行われますように。

わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
わたしたちの罪をお赦しください。
わたしたちも人を赦します。

わたしたちを誘惑に陥らせず、悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。
アーメン






白い鳩が、シウォンの足元から数羽、飛び立って行った。

綺麗な天使達がまるで自分の元から去ってしまったような、少しだけ
そんな寂しい気分になる。


我等が父への生誕の祝福と共に、ベンチに座ったまま膝に両肘を付いて
ロザリオを掌に包み込み、シウォンは祈っていた。


クリスマスイブの今日、多忙を極めたシウォンは朝のミサには顔を出せなかった。

その代わりに、大きな教会の天辺を臨める近くの公園で
撮影の合間に一瞬の休憩を貰い祈りに充てている。

祈る気持ちがあるのなら———場所は関係ないとシウォンは思う。

枯れ葉が足元でカサカサと音を立てて風に犇めく。
冬の美しさが余りに儚い

沢山の人が、寒く冷たい空気の中手や頬を擦り合わせ温めながら
シウォンの前を過ぎ去って行く。


それはシウォンに一層寒くなったように感じさせて
最近お気に入りの青地にハート柄のマフラーで、口元が隠れる位まで覆った。
甘い香水の香りで、鼻孔が満たされる。
冬の特権だ。



そうして、ふと、シウォンは空を見上げる。



———曇天。



ヒョクチェが残念がりそうな、なんだかやる気の無い、重たい空。
雨が降るのか、雪が降るのか。

雪が、降れば良い。
そうしたら、きっとヒョクチェも笑顔になるだろう。

猫のような、狐のようなあの目が線になるくらい、笑って。

目尻に沢山皺を作って、大きく口を開けて笑うだろう。

あの、俺が他に何も要らないとさえ思える笑顔が、寒いソウルの冬に花を咲かす。


———胸に、ズキンと…言いようの無い、切ない痛みが走った。


———会いたい。

冷たい、ベンチの木の背もたれに身体を倒し目を瞑る。

するとどこからか、聞き古したようなクリスマスソングが流れて来た。
昔からどこかで必ず耳にする、古き良き愛の歌。
カーステレオだろうか、音が少し割れて、古い音楽が一層胸を打つ。


♪I Promise you...I'll be home for Christmas, You can count on me
Please have snow and mistletoe and presents under the tree…


約束———。

君のいる場所へ、必ずクリスマスには帰る。

そんな約束すら、今の俺には出来なくて寂しい思いをさせているのだろう。


Christmas Eve will find me I'll be home for Christmas



♪ If only in my dreams, If only in my dreams…



ポン、と肩を叩かれて顔を振り返ると、寒そうに顔を赤くしたマネージャーが
困った顔をして立っていた。

”そろそろ撮影、開始するけど”

”戻れる?

”あ、ああ…大丈夫です”
そう言って、シウォンは素早くベンチから立ち上がりその場所を後にした。



———ふと、マネージャーがシウォンの手に握られた携帯の画面に目を遣る。


通話相手の選択を表示したまま、薄く光る画面。


"イ・ヒョクチェ"の文字が、ライトのフェードアウトと共に消える。


電話する所だったのか?とマネージャーは首を傾げてシウォンの表情を
伺ったが、その顔には既に、演じる役の表情が浮かび始めていた。





















We Wish.





♦Siwon




クリスマス、イブ。




午前の撮影を終えて、シウォンは車で事務所へと向かっていた。

ふ、とため息を漏らすと、強ばった方の筋肉を手でほぐしながら携帯を見る。

———着信は、無い。

あ!と、それを見た隣りに座っていたマネージャーが声をかけてくる。

「シウォナ、さっき電話中か電話しようとしてたんじゃないの?」

「え?」

「ああ、ごめん、見るつもりは無かったけどたまたまヒョクチェの名前が
 見えたから、画面」

「…あぁ、大した用事じゃないんです。大丈夫。」
シウォンが照れたように笑う。

「でも、最近ヒョクチェと居る時間減っただろう、前はあんなに一緒に居たのに」

「兄さんには色々融通聞かせてもらって、助かりましたよ」

「ほんとに、お前はヒョクチェの事好きだなあ。」
マネージャーが、こっちが恥ずかしいと言うように苦笑いをした。

「大好きですよ」

「———好きとかじゃ足りない。」
疲れからか、クリスマスというムードからか、つい口が緩んでしまう。

マネージャーが半笑いのまま、口をぽかんと開けて目をぐるりと回して一瞬
言葉を失ったのをシウォンは見逃さなかった。

「俺達、変でしょうか?
敢えて、隠そうとせずにそう、聞いてみる。

「…お前達、昨日お前が見に行った映画みたいにPSしてるんじゃないの」
茶化すように、マネージャーが返す。

「ああ、仕事だから——見に行ったんだけど。まぁ、悪くないですね」

「おい!冗談だよ!!
慌てたようにマネージャーが手をぶんぶん振ってあり得ないという風に
ジェスチャーする。

「あはは、悪い冗談には、冗談で返す主義でしてね。」
シウォンは、人差し指を口の前に立て、挑戦的な目で見下すように目を細めた。

「…たく。仲が良すぎるのも、心配になるもんだな」
やれやれ、と手の平を揺らめかせ、マネージャーはシートに身を倒して
スケジュール帳に目を落とした。


My PS Partner。

シウォンが昨日映画館に見に行って、軽い宣伝を行った映画だ。

複雑に絡み合った縁の男女が繰り広げるロマンチックコメディー。
PSとは、Phone sexを意味して、それで出会う二人をコミカルに描いた作品だ。
一人で見るには、あまり良くない映画だった。

映画の間中、自分のパートナーを思い描き、想像してしまう。

シウォンの場合、ヒョクチェで色々想像してしまい、その後会えるわけでも
ないから家に帰った後一人で散々な気持ちになった。

———出来る物ならやってるさ。

小憎らしい気持ちで、マネージャーを横目で見る。

クリスマス・イブ。

貴方は今日の夜、家に帰って素敵な家族と当たり前のように
温かいディナーを囲むのだろう。
———羨ましいことだ。


「お!シウォナ!良い事教えてあげよう」
マネージャーが突然身を起こしペンでシゥオンを差して笑った。

「——なんです?」
俺に、良い報せなんてあるのか?

「なんと、今事務所でヒョクとカンイン、シンドン、ソンミンが撮影中だぞ」

「え?そんな予定ありました?」

「えーと、そう書いてあるけど…良かったじゃないか、会える。」
ニコニコと、どうだ、嬉しいだろう、というように純粋な笑顔を向けられる。

「…ええ、そう、ですね」

「なんだ、全然嬉しそうじゃない。俺が喜んで損したよ。」

「いえ、嬉しいですよ。ありがとうマネヒョン。俺、どのくらい事務所に居れ
 ます?」
シウォンは時計を見ながら尋ねる。

「えーと、1時間くらいかな。打ち合わせの後の30分は好きに使っていいぞ」

「30分…伸ばせませんか?」

「駄目だよ、お前のカフェの件でまた移動で打ち合わせなんだから。
 その後も撮影が閊えてる。」

「…そうか。あれは…大事な件ですしね…」
シウォンが目に見えて肩を落とす。

「…シウォニは忙しい奴だな、喜んだり、喜ばなかったり、喜んだり、落ちたり」

「男心は繊細なんですよ。」
最終的に自嘲気味になったシウォンを見て、マネージャーは諦めて頭を振った。




事務所に車が着くと、急ぎ足でマネージャーに打ち合わせ室へ誘導される。

打ち合わせ中も気がそぞろでならなかった。

先に撮影が終わるヒョクチェは、さっさと帰ってしまわないだろうか。

メールでもしておけば良かったか。

———でも、なんだか暫く一緒に居なかったから、ツンとあしらわれるのも
今は、辛い。

フォローする程の時間がない。

そのまま別れてしまうと、また厄介な事にしてしまう。


でもヒョクチェ、ああ、今すぐあの薄い肩を掴んで帰るなと引き止めて
思い切りキスしたい。


いつも少し天の邪鬼に、触るなとか、そういう事を言う唇を塞いで
思い切りそのポーカーフェイスを乱したい。


クリスマスだから…
きっとヒョクチェは色々考えて、色々不安になって、なのに会えない状況に
苦しんでいる筈だ。


早く、早く。


———神様、俺に時間を下さい。


プレゼントは時間が良い。


クリスマスプレゼントに、君の所に帰る時間が欲しい。


そして俺はその俺の時間の全てを君にあげたい。


君の嬉しい顔、寂しい顔、気持ちいい顔、全部ひとりじめする為に。





———その時、朝公園で、ふわりと聞こえていたクリスマスソングを思い出す。





今夜は夢見てる、僕の大好きな場所
いつもよりもっと。

戻るにはとてもとても遠くて、でも僕は君に約束する。
クリスマスには帰るから、待って居ておくれ。

クリスマスイブには会えるから。愛が光を放つ場所で。
クリスマスには帰るから。

————例え、それが夢の中の事だったとしても





夢、見ているとも。
なんでこんな時にあんな曲を聴かせるんだろうと、思い出させるんだと
つい神を責めそうになってしまう。


俺に、時間がないのは明らかだったし、お互いの家族の事情を鑑みると
この曲の最後の一行みたいに、実際にそうなってしまうような。
そんな気がして。



————例え、それが夢の中の事だったとしても



いつもは、何事にもぶれない自信と余裕のある自分なのに。

こんなにも君の事となると全部がガタガタに崩れそうになってしまう。

ヒョクチェ、待っていてくれ。



一週間前に、プレゼントは何が欲しいとヒョクチェに聞いた時
君は多分、会えないだろう。そんな顔をして、お前に任せると小さく呟いた。


俺は絶対その顔を笑顔にしてみせると思って。

今の俺に出来る事を、考えて。

それしか———




打ち合わせが終わり、口々に"Merry Christmas"とスタッフ達が告げ合い
離散して行く。



マネージャーに、すぐ戻ると合図をしてシウォンは鞄から何かを
取り出すと、急いで廊下に出た。


必ず、クリスマスには———



廊下の向こうから、聞き慣れた足音が聞こえる。


つい、微笑みが零れ落ちそうになる。



何度も手に取って、いつ渡せるか、どんな風に渡そうか考えていた小さな包みを
後ろ手に隠して、敢えていつもと変わらない足取りでシウォンは歩く。



焦ったような小さな足音はすぐそこの曲がり角まで、近付いてきていた。







To be continued...




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