2012年12月24日月曜日

We wish. vol.1




————恵みあふれる聖マリア。


主はあなたとともにおられます。
主はあなたを選び、祝福し、
あなたの子イエスも祝福されました。


神の母聖マリア、
罪深いわたしたちのために、
今も、死を迎える時も祈って下さい。
アーメン。






ゴーン、と大きな、教会の鐘の音が鳴る。

まるで天使達が音と共に天を目指して一斉に飛び立って行くような
そんな合図のような、深く、美しい鐘の音。


胸が一杯になるような感謝の気持ちを、ロザリオを握りしめて一頻り祈った。


ヒョクチェは、隣りでまだクリスマスの祈りを捧げる姉を横目に見て
そっと先に礼拝堂を出る。

美しい、小さな教会の白い漆喰装飾の壁に綺麗な飾り付けが施されていて
そういうのを暫く眺めていた。


足早に、寒い空気の中を人々が行き交い、教会に出入りを繰り返す。

寒くてマフラーを目の下までぐるぐるに巻き直すと
空を見上げた。


———曇天。


ヒョクチェは教会の門を出て、何気なく街の様子を眺めた。
なんだか、胸にズキンともどかしさが走って。

教会の周りに巡らされた、デコラティブな柵に背中を預けて目を閉じる。

するとどこからか、聞き古したようなクリスマスソングが流れて来た。
どこにでもある、陳腐な恋のクリスマスソング。



♪I don't want a lot for Christmas, There's just one thing I need …


耳に流れ込むその歌声に———

何気なく自分の感情を重ね合わせて、考えていた。

そうだな。特にクリスマスに色々欲しいなんて、思わない。

ただ一つ、一つだけ…あるとしたら。
俺が、クリスマスに欲しいもの…?


…Santa Claus won't make me happy, With a toy on Christmas day ——


ポン、と肩を叩かれて振り返ると、ピンクのコートを着た姉が
笑って立っていた。

”何してたの?”

”ディナーの準備、急がなきゃ。帰るよ。”

”あ、うん”
そう言って、ヒョクチェは姉に手を引かれるままその場所を後にする。



———ふと、姉がヒョクチェの居た場所を一瞬振り返った。

その場所には、一つ道を隔てて。

大きなウィンドウ一面に、ドラマのポスターが貼ってある。

ヒョクチェの親友であり、仲間であり、今や世界的な俳優の美しい男が
ポスターの中で”メリークリスマス”と笑っていた。




















We Wish.





♦Hyukjae




クリスマス、イブ。



ヒョクチェは、軽い事務所での数人のメンバー達との撮影を終え
カンインと二人でコーヒーを飲んでいた。


白いパーカーのフードを被り、眼鏡をかけたヒョクチェは
まるで白ウサギのように頬を赤くして、甘いコーヒーをちびちび啜る。


カンインは、そんなヒョクチェを見て笑った。

「なんだ、そんな顔して!クリスマスイブだぞ?今日は。」

「…ヒョンは元気だねー…」

浮かない顔をしていたのに、ヒョクチェは顔を上げるとにやりと笑ってふざける。

「俺はいつも元気だ!お前達の分も元気。」

そして、カンインはヒョクチェの首元を掴んで揺さぶり
「シウォニ、下の階に来てるぞ。お前もそれで元気になるだろ」

そう言うと自信満々に、満面の笑みで笑う。

「え?そうなの?——って、なんでそれで元気になるんだよ」

「違うのか?ドンへもシウォニもここ最近居ないだろ。だから浮かない顔
 してんじゃないのか、最近。」

「——あ、あぁ。そう、そう。まあそんな感じ。」
ヒョクチェは動揺した顔を隠すようにまた膝を抱えてソファに埋まると
コーヒーをテーブルに置いて頭を抱えた。



「———あいつ、ほんとに今来てるの?」
頭を抱えて膝に顔を埋めたまま、ヒョクチェは尋ねる。


「お、おう…。何だ、どうしたヒョクチェ。気分でも悪いのか。」
カンインが心配そうに、隣りのソファから身を屈めて顔を覗き込んでくる。


「ううん。」


「…お前、やっぱりシウォンと何か」


「何でも無い。大丈夫だから。」


「…そうか。じゃあ…俺は家族と予定が有るから、行くぞ?」
カンインが、遠慮がちにソファから立ち上がりヒョクチェの様子を伺う。

「うん、ヒョンありがとね。楽しいクリスマス過ごして!」
ああ、気を遣って居てくれたのかと思うと胸が痛い。
カンインはいつもこうやって、そっとメンバーを見ていてくれる。

心強くて、自分が少し、不甲斐ない。

ヒョクチェも立ち上がり、カンインに手を広げるとニッコリ笑って
カンインが抱きしめてくれる。


「ヒョク、Merry Christmas!楽しいクリスマスを、な。」

「うん、勿論。Merry Christmas!」
ポンポン、と背中を叩き、カンインは寂しくなったら電話しろ
と言い残して部屋を去って行った。


———そう。

寂しい。

それだけ。

そもそも、カンインみたいにクリスマスは家族と過ごす物だし。

これまでのクリスマスもずっとそうして来た。

でも———ちょっと、今年は、違う筈だろ。




「クリスマスは、家族と過ごすよ。」



シウォンが、つい先日撮影で一緒になった時にスタイリストのお姉さん達と
そう話していた。
いつもの、憎らしい程の綺麗な笑顔で。
あら、素敵ね、とお姉さん達が笑う。


「家族と過ごすクリスマスが、一番幸せね」

「…うん、本当にそう思います。」


髪をブローされながら、隣りの鏡の前でそんな会話を続けられた。


ヒョクチェの中では、あれ、という拍子抜けした感情と
そりゃそうだよな、という思考が折り重なって。

そもそも敬虔なクリスチャン同士でその辺りの事情は分かっているし、
間接的にだけど聞かされてしまった事で何も尋ねる事は出来なくて。


でもせめてクリスマスイブは、とか。

せめてせめて、その前の日の夜は、とか。

24日を一緒に迎えられたら、とか。

それだけで良かったのに。


ヒョクチェは、23日、一日中電話が無いか、無いかと待った。
実家のパン屋で手伝いをしながらサンタの衣装を着て、みんなにメリークリスマス。

精一杯の笑顔でみんなの楽しい聖夜を祈った。

でも、自分がサンタになってしまったら。

俺は誰からクリスマスのプレゼントを貰えば良いんだろう。


朝、家族で行ったミサを思い出す。


——神の母聖マリア、罪深いわたしたちのために祈って下さい…


いたたまれなかった。


罪深過ぎて。


あらゆる教えに背きながら、俺はシウォンを選んで、生きて行くと決めた。
だから。

この罪を消して生きる事は叶わないし、
正当化だってする事は出来ない。


家族にだって、言える筈が無い。(一生、俺はそのつもりなのか?)


でも、こんな風にそういう煩雑な思考の溢れる時だからこそ
ヒョクチェはシウォンと一に居たいと思った。


———罪深、く、て。


いたたまれずに礼拝堂を出た。

思い出すだけで薄ら寒い。

肩を抱いて、聞こえてきた音楽を脳内で再生する。

ああ、アメリカの歌姫のクリスマスソングだったな、と。



クリスマスプレゼントなんて、私はそんなに欲しくないのよ。
ただ一つ、必要な物があるだけ。
あなたが欲しい。

ツリーの下のプレゼントなんてどうでもいいの。
特に大した事を願うつもりは無いし、雪も降らなくていいわ。
私をきつく抱きしめて、ここに居て欲しいだけ。

ああ、ベイビー、どこもかしこも全ての光が輝いてる。
神様どうかあの人を私の所へ。
私はただ、あの人が私の家のドアの前に立ってるのが見たいの。
きっとあなたが想像もつかないくらいに…



陳腐でベタで、だから、みんな同じような思いを抱えてるから。

だからこそ陳腐に感じるし、それでも胸が軋むように切ないんだ。

ヒョクチェは俯いて、心臓の所をぎゅっと掴む。

会おう。

会ってきちんと伝えよう。

———こんな所で臆病になってどうするんだよ。

あいつが言い出すまで待とうとか、そんな駆け引き要らない。

あなたが欲しい。

お前が欲しい。

プレゼントなんか要らない。

ヒョクチェ、何が欲しい?そう聞かれた一週間前。

特に思いつかなくて、お前に任せる、とだけ言ったあれを取り消して。

クリスマスくらい、素直になったって良いだろ。



だって、クリスマスは、みんなが幸せになっていい日なんだから———…

ヒョクチェは、そう自分に言い聞かせると、
楽屋の扉を開いて、シウォンの居る下の階へと踏み出した。


メールもくれない、忙しい恋人の元へ。

———鬱屈とした気持ちを、抱えたまま。







To be continued...







※クリスマス特別短編、お送り致しております!
一話完結にしようとしたんですが、なんとも収拾のつかない形になってしまい
三話構成に急遽変更です!
つまらない話ですが、暫しクリスマスの忙し過ぎる恋人達のお話にお付き合い頂ければ…
幸いでございます…!!

冒頭の祈りは、聖母マリアへの祈祷文、アヴェ・マリア。
天使祝詞といって次のシウォンの主祷文と言われる主への祈りとセットになっています。
常に対である二人に相応しいですし、ある意味で、ロザリオの祈りの形式に則って…
詳細説明は長くなるので省きます(笑)

曲は、言わずと知れたマライア姉さんのクリスマスソングです。
必ず街の何処かから聞こえてきますよね。
凄く陳腐で好きな曲です。
自分ではなんか全然想像もできませんが、ウォンヒョクの熱い交差する思いならば
こうもうまく重ね合わせて滾る事が出来るのかと驚きました。

恋って素晴らしい…
では次。シウォン編。
シウォンの曲は、I'll be home for Christmas.
これも聞いてみたらきっと誰もが知っているはず。素敵なようで切ない歌。
私はプレスリー盤とシナトラ盤が好きです。
雰囲気が、シウォンさんにぴったり。
ご興味あれば是非↓






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