2012年8月26日日曜日

Happy Together vol.4




Happy Together vol.4














「好きになってしまって、すまなかったーー…」

シウォンの、少しかすれた声が静かな部屋に響く。

外の風の音。

まだ冷めない、口づけを落とされた手の甲の、熱。

全てが頭の中を錯綜する。












==============================================









静けさを破ったのは、ヒョクチェの裏がえった声だった。

「は…ば   ば、ば、ばかじゃねーの⁈」
険しかった表情が崩れて、一瞬にして驚きで溢れる。


「すまない…」

シウォンは本当に申し訳なさそうに肩を落としていた。
座り込んだまま下を向いてしまい、すっかり崩れてしまい額にかかった髪で
表情はもう分からない。


しかしヒョクチェは見逃さなかった。
俯く寸前に、この男の目から流れ落ちていた涙を。


なんだよ、なんなんだよ。
この言葉だけがさっきからヒョクチェの頭を一杯にしていた。
考えるのはあまり得意な方じゃない。
くしゃりと落ちたネクタイと、自分で脱がせて投げやったスーツの上着がチラリと目に
入る。


それは先程のキスを連想させるのに充分で、なんだが自分達が途方もなく乱れてしまっ
たかのような、そんな妄想のおまけ迄付けてくれた。


コンロの火が消え少しずつ冷えてきた室内の空気が、ゆらりと揺れる。

肌寒さを感じたヒョクチェは、シウォンの熱い体温を思い出し頭の芯が
ぼうっとなるのを感じた。


いつだってなんとなく流される様に振るまって来た。


けれどこの男の、シウォンの、津波みたいな奔流は…。
ヒョクチェの緩やかな流れに逆らって、突然にも押し寄せた。



激しい熱と共にまだ唇に残る生々しい感覚を再現する。



優しかった。
甘かった。

表面張力を失った液体が溢れ出るような…

突然で自然過ぎるキスだった。

ーーもう一度。

そう
口が滑ってしまいそうで。

ヒョクチェは思いっきり、頭を振った。



「好きって…今会ったばっかりでそんな事あるわけないし」


当たり前の事を言って居るのに、この男の姿を見て居ると自信が無くなってしまう。


なんだか、打ち萎れたこの男を抱え起こして抱きしめてしまいたくなる。


あのキスは…キス以上の何かを感じた。

だから動揺した。

やめたくなかった自分にゾッとした。


どういう事?
何故?
一目惚れってやつ?
男が男に?
こんなに完璧な男が、この俺に一目で?


ロマンスに憧れる少女じゃあるまいし。


狐につままれた様な気持ちで、
何も考えられない。

シウォンが慎重に、静かに口を開いた。


「驚かせてしまってすまない。実際自分でも驚いているんだ…。」

「こういう気持ちが…本当に初めてで。」


そう言って、大きな手で一度自分の顔を拭くと
こちらをまた、優しいのに、つらそうな眼で、見つめた。


「だからと言ってさっきの行為が…正しいとは思わない。だから、謝罪を受け入れて
くれないか」

一言一言を絞り出す様に、慎重に口に出す。
堪らなかった。



ヒョクチェは、シウォンの顔に手を伸ばすと、拭いきれていなかった涙を親指で拭き
取る。


「許す…。」


それだけ言うと、困った様な嬉しそうな顔をしたシウォンの目を
真っ直ぐに見て口を開いた。


「俺はあんたの気持ちがよくわかんないし、今すぐどうするってのもよくわかんない。」


「でもさ、俺なんとなくあんたと仲良くなりたいなとは思うんだ…」


「もっと知りたい?みたいな…なんだろう…わかんねー」


そう途切れ途切れに言うと、ヒョクチェは親指の爪を噛んだ。


シウォンは少し考えて、一つ頷くと「有難う」と呟いた。

本当の気持ちを正直に伝えた。
ヒョクチェはこんな状況に対して本当に正直に、真剣に考えてくれている。
それだけでシウォンは嬉しかった。

今すぐヒョクチェを抱きしめて愛していると言いたかったが、その考えは心の中で
捨てさった。


ヒョクチェは顔を上げてシウォンを見ると、うん、と言った。
そして続けて、深々と頭を下げた。


「俺、人との距離感掴むの苦手だから、煽る様な事しちゃったと思うし…」

「気持ちも知らずに意地悪な事言い過ぎた。俺もごめん。」


シウォンは慌ててヒョクチェの肩を掴んで頭を上げさせた。

「君が謝る事は何一つないんだ!俺が変だからこうなってしまって、だから…」

でも、と言うヒョクチェの口に人差し指をあてて制したその時、2人の背後で物音が
した。

咄嗟に後ろを振り向くと、そこにはポカンと口を開けて買い物袋を取り落とした男が
立っていた。


「何してんの?」


その男はほうけた表情でシウォンとヒョクチェをじっと見ていた。

「…ドンへ」

ヒョクチェは困った顔でドンへとその男に呼びかけると、シウォンの手を優しくのけ
て、そちらへ向かい歩いた。


「あんた誰?」


少しだけ、敵意の混じった口調でドンへはシウォンに向けて問いかける。

「ドンへこの人は…」

ヒョクチェの表情を素早く読み、ドンへと呼ばれた男はヒョクチェの手を引き自分の
そばに寄せるとシウォンを睨んだ。

「今この人と何してたの?」
ドンへは真剣な眼差しで、今度はヒョクチェに問った。

シウォンは何かを言いかけたが、どうしようかと逡巡して胸の前で手を合わせて首を
傾げヒョクチェを見つめる。
ヒョクチェは小さくため息をつくと、ドンへの頭を小突いた。
「一体何してたっていうんだよ俺達が…」

「だって今この人ヒョクチェの口に」
言いかけたドンへを睨んで遮ると、ヒョクチェは続けた。

「俺今日、屋根の修理しようと思って屋根に登ってたんだけど」

「あんな雨の中で⁉」
ドンへが驚く。

「そ、雨だからだよ。家ん中洪水になっちゃうと思ってさ…姉さん達の留守中にそんな
事んなったら殺されちゃうだろ」

ヒョクチェは、結局部屋ずぶ濡れなんだけど…と呟いて髪をがしがしと掻き回した。

ドンへは難しい顔をして腰に手を当てる。

ヒョクチェは、そんなドンへをちらっと見やると咳払いをして言った。


「で、屋根から落ちた。」


ドンへは口をこれ以上あかないだろうと言うくらいポカンと開けて、フリーズしてし
まった。
ヒョクチェはすかさず言葉をつぐ。

「でも落ちる時にこの人が下で受け止めてくれて全然平気だったんだよ!だからこの人
は俺の命の恩人で、うわっ!」

下を向いていたシウォンが、ヒョクチェの驚いた声に更に驚いて顔を上げると、ドンへ
がヒョクチェに抱きついていた。

正確に描写するとしたら、抱きついていたというより…しがみついていた。

ヒョクチェの首元に埋めたドンへの顔が、真横から少し見える。
顔を真っ赤にしてボロボロと涙をこぼしながら、嗚咽していた。

「無事でよかった…っう…怪我してない…?痛いところ…ない?よかった…」

ドンへの手は、ヒョクチェの身体に赤い痕を付けるほどに、強くヒョクチェを抱いて
いた。
細い腰はドンへの力強い腕に抱きすくめられ、反る様にしなっている。
シウォンは眼の奥にチリッとやけどの様な痛みを感じた。


「泣くと思った…」
ヒョクチェはドンへの頭に手を載せて、彼をなだめすかす言葉を暫く続けていた。
あやすように、慈しむように。
面倒そうに振る舞いながらも、そこにある信頼は揺るぎない。


しかし、その時々でヒョクチェがこちらを、チラリと見やる。
共犯者の目だ。

”秘密。”

ヒョクチェの目はそう訴えていた。


胸に手を当てて小さく頷いて、シウォンはそれに応えた。



ヒョクチェの眉がピクリと動く。
伝わった事に驚いたようだった。
そして赤い、綺麗な唇が「ありがとう」の形に動く。

シウォンは彼との約束の様な、小さな秘密を抱えた事がなんだか嬉しくて、心に痛みを
感じながらも…微笑みながら、また下を向いた。

その時、外で控え目なクラクションの音がした。

「あ…」
シウォンが反応する。

ヒョクチェがシウォンを一瞬だけ、名残惜しそうに見つめた。

まだ泣きやまないドンヘを引きはがし、そばにあった椅子に座らせるとヒョクチェは
シウォンに「お迎えだろ?」と訊いた。


「ああ…もうそんなに時間が経ったんだな。」
シウォンは腕時計に目をやる。

シウォンは、ヒョクチェが最初に渡してくれたバスタオルを手に取ると肩にかけて
言った。
「これ、借りて行くよ」

「返しに来るんだろ?」
ヒョクチェが目を細めて、口元に笑いを浮かべている。



「お礼も付けて、返しにくるよ」
シウォンが楽しそうに、ゆっくりと笑った。
そしてそのまま、ドアの方に歩いて行く。



共犯者だ。



「また。今度は屋根から出迎えないようにする。」
ヒョクチェの声を背中で受けて、シウォンは微笑みを隠しきれない。


「近いうちに」
肩越しに手を振り、一瞬だけヒョクチェを返り見てその表情に確信する。



俺達は共犯者。



まだ名前のつかない、2人の交錯する思いを。

少しだけ、少しだけ膨らんだ期待感を胸に。



シウォンは、ヒョクチェの家を後にした。












To be continued...








2012年8月23日木曜日

Happy Together vol.3




Happy Together vol.3















真っ赤な空、湿度の高い部屋。

熱を持った唇、早鐘の様に鳴り響く心臓。

口を抑えたって、今起きた事を理解して冷静になる事なんて

出来ないのにーーー…。








==============================================








「な…… 何、今の」

先に口を開いたのはヒョクチェだった。
尻餅をついたまま、両手で口を覆って顔の下半分が隠れている。
どんな顔をしてるのか、全く分からない。


「すまない」
シウォンは片腕で自分の腰を抱き、もう片方の手で口を覆っていた。
目を瞑り、心底困惑した表情を浮かべている。


「だ、誰かと間違った?とか」
ヒョクチェは震える声を隠そうと、わざと明るい調子で喋る。


「…本当に…すまない。しかし間違ったわけじゃ無い…」
シウォンは、できる限りの誠意を持って応える。


「は…」
それに対して何かを言おうとするが、言葉にならなかったらしくヒョクチェは口を噤んでしまった。
そして無言で立ち上がると、コンロの方に向かいこちらに背を向ける。


「変な冗談やめろよ…ほんと…」

紅潮して赤くなった首を、冷ますようにさすりながら呟いた。







シウォンは考える。
目の前のヒョクチェとは、つい一時間ほど前に出会ったばかりだ。
衝撃的すぎる出会い。
そしてとても…
言葉に出来ないくらい、出会ったばかりの人物に惹き込まれた。

社会勉強?

そんな物じゃなかった。
今俺は、生まれて初めての体験をしているんじゃないのか。
彼が雨の中落ちて来て、この腕に抱きとめた瞬間から。
始まってしまったんじゃないのか?



だったら。



今しなければならない事はー…。






シウォンはその場に膝を付く。

彼を抱きとめた時の様に。


「謝罪させてくれないか。」


優しく、低い声で真っ直ぐにヒョクチェに向かって言う。
ヒョクチェは振り向かない。

「気持ち悪い思いをさせてしまった。」

「今の行為は最低だ。本当にすまない…どうか許してくれないだろうか?」

そう言って手を床に付き、頭を下げようとした時
目の前に白い手が差し出される。


「…似合わないから。」


拗ねた様な、不本意を全力で表現したような顔をして
ヒョクチェが手を差し延べて居た。


「ヒョクチェ…」

「あんたみたいな人にそんな姿は似合わない。やめてくんない。」

「でも謝りたいんだ、本当に。嫌な思いをさせてしまって…」


シウォンの顔に、まだ乾ききらない前髪がはらりと落ちて来る。
どうしようもなく…悲しい表情をしているシウォンに
一瞬ヒョクチェは動揺した。


「べ 、別に嫌な思いとかそういうんじゃなくてさ、意味がわかんないって
いうか…。何がしたかったんだよ…ほんと…」


堰を切るように言葉が出て来る。
「キスとか意味わかんないし、なんで?て言葉しか浮かばないんだけど」


そして少し軽蔑した様な表情を浮かべる。
「あんたそういう種類の人?」


「ヒョク…」


シウォンが喋ろうとしたが、止まらない言葉が徐々に顔を興奮させて
次々に疑問が溢れる。


「大体始めから、そ、そういう相手でも探してたからこんな地域ウロウロしてたとか?」

下唇を噛んで、それから言葉を続ける。
「…俺は一瞬友達になれるかとか思って…」


シウォンは、動揺し切ったヒョクチェの先程まで差し出されていた手を
優しく掴み、伺うようにヒョクチェの目を見つめると…


その白く細い手の甲に、一瞬触れるか触れないかの口付けを落とした。

それは、家臣が主人に対して行う、忠誠の証のような。

王子が姫にする、永遠の愛の証のような。



「ちょっ お前!!何すんだよ!」
反射的にヒョクチェの顔が真っ赤に染まる。
自分の手を掴む大きな優しい手を、ヒョクチェは強く振り切った。



シウォンは悲しそうな顔で微笑む。
「さっきのごめんは、キスにだけじゃないんだ。」




胸が痛い。
心の痛みなんて慣れている。

でも今迄味わった、そのどれとも違っている、凶悪な甘さを秘めた痛み。
その思いだけで、幸せ過ぎて天にも登りそうなのに。
甘い蜜が胸の中で爆発して肺を満たし、ちっとも息が出来ない。

目の前のこの人間に蜜を注ぎ込んで楽になりたい。

どうにかなってしましいそうだ。
爆発しそうだーー…。




「どういう意味」
ヒョクチェが半ば吐き捨てるように言う。
怒っている。
全身の毛を逆立てた猫みたいに、シウォンを威嚇している。
瞳も、先程までのアーモンドではなくなり
きつくこちらを睨みつけて居て。

どうしようもなく魅力的。




シウォンは縋るように、立ち竦むヒョクチェの顔を見上げる。
目と目が合い、シウォンの胸に言いようの無い痛みが、また走った。


ーーーそして。
これ以上無いほどに素直に…

言葉が喉を突いて溢れ出た。


「俺は…君を好きになったみたいなんだ。」

そして
熱くて痛くて疼いていた、シウォンの胸の中で
冷たくて、優しい水が溢れた。

恋とは、こんなに唐突に現れ
それなのに、まるで昔からそこに在る様な顔をして
傍若無人に人を操るのか。



大切な、大切な言葉を
なぞる様に、そこに在る事を確認する様に、もう一度反芻した。

「好き、だ…」

心と喉が解放され、瞳の奥の海が波打つ。

一気に、涙が

静かに零れた。




「好きになってしまって、すまなかったーー…」















To be continued...







2012年8月16日木曜日

Happy Together vol.2




Happy Together vol.2











すっかり辺りは暗くなり、まだ少しだけ、嵐の帰って来そうな気配と屋内に
吹き込む風だけを残し、雨は綺麗にあがっていた。



「…なるほど。」



そんな中、男の表情の雲行きだけは怪しく…釈然としない表情でそうさせた相手を見返していた。



「ごめんってば。あの運転手のおじさんが着替え持って戻るまで!我慢してよ…」











==============================









あの衝撃の出会いの後、運転手は男の着替え等を取りに戻る事にした様で、
風邪などひかれては困るからと天使の言葉に甘えて家の中で体を乾かさせて
貰って下さいと、男を残して去って行ってしまった。


去り際に小声で
「最後の社会勉強ですよ。」
と笑って耳打ちして行った。

その時は意味がわからなかったのだが、家に招き入れられて男はハッとした。
中から見ても外から見ても、廃家寸前の様相は変わらず、そういった家の中に
足を踏み入れるのは初めての事だった。



「入って」



そう言って玄関に手招きすると、天使は泥の付いた裸足をそこらにあったタオ
ルで丁寧に拭くと、中に飛び込んで行き奥に消えた。


すると奥から直ぐに、鼻にかかった、独特の心地良い…声が聞こえる。


「あんた名前、なんて言うんですか?」


フルネームで答えるべきか、名前だけか…と逡巡する内に声の主が奥から顔だ
け見せて少し笑う。


「俺はヒョクチェ。」


「…ヒョクチェ。」


「そう」


と、返事をすると思い直した様にペタペタと歩いて来て、男がまだ立った侭の
玄関に戻って来る。

あなたの名前は?と言う様に男の目の前で、立ち止まる。


玄関と屋内の段差があって、やっと同じくらいの目線。

だが決してヒョクチェの身長が低いわけでも無く、彼を構成する全てのバラン
スは完璧に整っていた。

まだしっとりと雨の乾かない細い首。

しなやかに筋肉質で無駄の無い身体が…白く眩しい。


男は何とも言えない心のざわつきを無理やりに押し込めると、手を差し出す。



「私…俺はシウォン。」


「シウォンっていうんだ。」


ヒョクチェはまっすぐに、自分の為にずぶ濡れになった男、シウォンを見つめ
ると深々と頭を下げた。


「有難う、シウォンさん。」



シウォンが何も答えないうちに、まあ上がってとヒョクチェは言うと、軽快
に踵を返して奥に引っ込んでしまう。


シウォンはなんだか体がふわふわと浮いてしまう様な、何故かそんな感覚を覚えた。


「お邪魔するよ」


奥へ向かってとりあえずそう言っておく。

そして靴を脱ぎながら、家の床を見たシウォンは、小さな感動を覚えた。
古い床だが、よく見ると本当に綺麗に磨き込まれているのだ。

周りを改めて見回すと、家の古さ、廃墟じみた雑な作りに気を取られて居たが全
ての物が小綺麗に整理されて配置され、ホコリ一つ被っているものはなかった。


色々な物が珍しく、きょろきょろしながら中に入って行くと、綺麗な細い手が
奥の部屋からひらひらとまた手招きをしている。


シウォンはふっと笑いをもらすと、誘われるまに彼の待つ部屋に向かった。


部屋に足を踏み入れると、そこは台所の様だった。
狭い空間にテーブル、四脚の椅子、食器を入れてある棚、それから何故か本棚。


そしてシウォンの立っている入口付近には小さなヤカンが火にかかった、一口の
ガスコンロが置いてある。

その横で両手にタオルを持って立って居るヒョクチェ。



「うち、風呂とか無いからさ」


「シウォンさんとりあえず体拭いてよ」



まるで友達に話しかける様にヒョクチェは矢継ぎ早に話した。
気に障る様な話し方では無く、ただ雰囲気を和ませる様な、そんな話し方。

それからタオルをシウォンに渡すと片足で器用にひょいひょいと椅子を二つ引く。
そして自分はコンロに近い方の椅子に、頭を拭きながら腰を降ろした。
その様子を見ながら、タオルを手にしたシウォンは少し躊躇って口を開く。



「服びしょ濡れなんだけど…脱いじゃってもいいかな」


床を指さしてここでいいの?という事を確認する。


「あ!そうじゃん!」


ヒョクチェは可笑しそうに言うと、

「部屋は暑いから脱いだ侭でも大丈夫でしょ」
と言うとそばの棚から一回り大きなタオルを取り出してポン、とシウォンに投げる。



「バスタオル?」


「だからうち風呂無いって!脱いだらそれを腰に巻いとけばいいだろ?」


「タオルだけで?」


「早く脱いじゃわないと本当に風邪ひくよ」



驚いた顔のままのシウォンに、ヒョクチェは楽しそうに笑った。



「…なるほど。」



シウォンは釈然としない表情で呟く。


「ごめんってば。あの運転手のおじさんが着替え持って戻るまで!我慢してよ。
俺の服のサイズなんてあんたに合うやつ無いし。」


と、自分の裸の侭の上半身を指差して、ね?という様に肩をすくめる。



「本当にあんたどこかのお金持ちなんだね。俺なんて裸で家の中歩き回るよ」
クックッと口元を綺麗な指で抑えて笑っている。


「俺は君の命の恩人だったと思うんだけど。笑われる筋合い…」
シウォンも嫌味で言い返そうとしたが、ヒョクチェの今にも吹き出しそうな
顔を見ていたら、つい言葉の途中で吹き出してしまった。


「そうだよ、感謝してるってば!では…脱ぐのをお手伝いしましょう、シウォン殿」


「ヒョクチェ、きみ…ちょっ」



素早くシウォンに詰め寄ると、スーツに手を掛ける。
2人は、正面から向き合う形で首にヒョクチェの手を回される様な姿勢になった。
楽しそうに脱がしにかかるヒョクチェを、つい凝視してしまう。

よく動く綺麗な唇。
白い歯がチラチラと見えて扇情的だ。



スーツの上着を脱がされ、後ろの椅子に投げ捨てる音がした。
次はネクタイ。

シウォンはやめろよ等と適当に相槌を打ちながら、また目の前のヒョクチェ
を観察する。



依然、何もつけずに白い肌と美しい筋肉をさらしたままの上半身に目をやって
みた。
雨で冷えたものの、コンロからの熱と湿度で汗ばんでいる。
首から肩のラインに、無性に唇で触れてみたくなる。

なんだか、家の中に入った時から感じていた足がふわりと床から浮いてしま
う様な、不思議な感覚がシウォンの中でどんどん強烈に育って来ていた。



ネクタイが床に落ちる音がした。



「からかってるつもりじゃないんだ。」


ヒョクチェがシャツに手を伸ばす。
「家の中にあんたみたいな人入れるのちょっとナーバスだったんだよね」
ぴっちりと1番上まで止めていた一つ目のボタンを、外す音がした。




「でもあんた恩人だと思うし、何かお返ししたかったし」
二つ目のボタンを難なく、細い指は外してしまう。




「冷えた体くらい温めてあげられたらいいかなって」
三つ目。




「実際家にあんた入って来たらさ、なんだか子供みたいな顔してきょろきょろしてさ」
四つ目。

シウォンは何故か眩暈を感じた。
まさかもう風邪をひいているのか?



「そんであんたみたいな上等のスーツ着た人が、うちの台所に困った顔して立って
るのがなんか合成みたいでウケちゃって」
五つ目のボタンが少し手間取り、外れた。
残りは後二つ。




冷えた布が体から離れ、はだけた部分から熱を帯びて行く。




「でもちゃんと恩返しするから、こうやってご奉仕するからさ」
冗談めかしてそう言うと、シウォンを見上げて笑う。
もちろん冗談だろう。



でも。



六つ目のボタンが外れるのと一緒に、熱くなって行く肌にヒョクチェの吐息が
優しくかかった。




シウォンはヒョクチェを押し返すように浮かせていた両手を、彼の背中に回した。




「…え?」
驚いたようにシウォンを見る目が、彼の何処かの…枷を外した。
最後のボタンに手をかけられるのと同時に、すくい上げるようにヒョクチェの
唇に唇を重ねる。



冷えたヒョクチェの体の中で、唇はとても温かかった。



はらりと、最後のボタンが外れシウォンのシャツがはだける。



そのまま体を裸のヒョクチェの上半身に密着させると、柔らかく濡れた唇を
余す所無く感じようと、深く唇を合わせた。



片手はヒョクチェの薄く繊細な背中を這い、もう片方は彼の髪に絡ませていく。



押して、引いてを繰り返しながら、柔らかい彼の舌を絡めとり吐息を漏らす。





一体どれぐらいそうしていたのか…分からない。





ピーーーーッという突然の、切り裂くようなヤカンの音に、一気に現実に引き戻された。





ハッとして、かき抱いていたヒョクチェの体から、手を離す。


ヒョクチェはそのまま、床にストンと崩れ落ちて、さっきと同じような尻餅を
ついた姿勢で呆然とした。


目をまん丸にして、口は開いたままシウォンを見ている。


溢れたお湯で、コンロの火は既に止まっていた。





衝撃の出会いから一時間も経たっていない。
空は真っ赤だ。


シウォンは自分が何をしているのか、生まれて始めて分からなくなった。




To be continued...







2012年8月9日木曜日

Happy Together vol.1




Happy Together vol.1


































2011年、5月。
ソウル郊外、星街。


雨が降りしきり、薄暗く狭い路を一台の高級車がゆっくりと走っていた。


大粒の雨がフロントガラスに叩きつけて来ている。
視界は白く霞んでおり、数メートル先を見るのがやっとだ。

「こんな日に視察なんてついてないですねえ…」

運転手が苦笑いでこちらを見る。
バックシートに座る、趣味の良いダークグレーのスーツの男はふうっと
息をついて少し笑った。

「仕方ないさ、スケジュールが今日しか空いていなかったんだ。」

「相も変わらず御忙しいですね。最近はお父上よりも随分シウォン様を
お乗せする事の方が増えましたしね」

シウォンと呼ばれたその御曹司然とした美しい男は、人懐こい笑みを浮かべ、運転手に応える。

「そうそう、父さんには少し休んだほうが良いと提案したんだ。お前も心配してくれて
いただろう?」

「ええ、ええ。」

「だから実は、この辺りの地域の開発事業は先週付けで私が引き継いだんだよ。
それで……」

「なんだあれは⁉」

男は突然話を中断して叫ぶと、曇ったガラスを拭いて外の光景に目を見張った。



「あれは…!?」


運転手が弾かれるように外を見ると、酷い雨の中、建て並ぶボロ屋群。
その中の一つの、一層荒れ果てた家、その二階の窓の外側に人影がある。

「車を止めてくれ!」

運転手は困り顔で、男を一瞥するとすぐにブレーキをかけた。
ボロ屋の人影が、ブレーキ音の後に心なしか揺れた気がする。

男は、車が止まりきるのも待たずに車から走り出る。


「危ない‼」


人影が大きく揺らぎ、小さく「あっ」と叫ぶ声が聞こえたかと思うと、
男が人影の真下に走り込み、落下してくる影へ両腕を広げた。


「くっ…」

落下で勢いづいた、両腕にかかる余りの重みと
弾みで地面に着いてしまった両膝の、叩きつける様な痛みに男が声を漏らす。


激しく脈打つ心拍数に、逆に冷静さを煽られ男は深呼吸をして目を開ける。

瞬時の興奮で周りの音が一切聞こえない。

男の背後から走り寄る運転手の気配だけを感じた。

大放出されたアドレナリンで、聴覚以外の感覚が限りなく鋭敏になっている。



目を開けてすぐに目に入って来た、その両腕で抱きとめた存在は、真っ白だった。

先程まで、薄暗い街と雨しぶきとで影としか認識していなかったその人は
真っ白な天使だった。

くしゃっと顔に張り付いた白っぽい金の髪。

一瞬、女性かとも思った。

しかし雨に濡れ、何も身につけていない上半身で男だと認識する。

辛うじて身に付けている白いハーフパンツは、雨で素肌にぺったりと纏い付いている。


裸足のつま先や力の無い指先や唇が、意識を失っている人間にしては
似つかわしく無い色、薔薇が咲いた様なピンクに染まっていた。

そんな衝撃的な生き物が、ぐったりと腕の中に力無く昏倒しているその姿は
天使と形容するのが精一杯で。


男は一瞬の内に逡巡し、馬鹿な…と思い直し頭を振るとその瞬間肩を強く
揺さぶられた。


「坊っちゃん!大丈夫ですか⁈シウォン坊っちゃん、シウォン様!」


瞬間、男の世界に音が戻った。


「て…」


「お怪我は⁉痛い所はございませんか⁈」


「て…天使が落ちてきた…」


「は⁉ 坊っちゃん頭でも打ちましたか⁉ …いや、そんなはずは…」

そして男は、運転手が騒いでいる間にもう一度自分が腕に抱えているもの
を確認する。

当たり前の事だが、人間だな、と思う。

と思ったら、その人間はまだ身動きすらしていない事に気付いて、一気に男
は青ざめた。

「1番近くの病院は…!?」
叫び気味の声で運転手ヘ問う。

顔に叩きつける雨粒を拭いながら、運転手が雨で霞む周囲をなんとか確認して
「すぐ近くに有ります」
と言い男に手を貸そうとした時ーー・・・・


天使が、ピンク色の唇を半開きにして大きく息を吸い込んだ。


「っは…、はぁ…う…ん…」


眉がしかめられ、まるで眠りから覚めたように伸びをすると
その綺麗に閉じられたままだった目蓋が、ゆっくりと開いていく。


そして、ぱっちりと開かれた猫の様な目が、男の視線と重なりあった。

数秒、状況を把握しきれなかったのか、口が半開きのままアーモンドアイをパ
チパチさせて、男と運転手を交互に見ていた。


男が説明しようと困り顔で口を開いた瞬間、天使は大きく口を開けて一気に
叫んだ。

「あーっ!!」

「屋根!!屋根の穴!」

「やばい!あーっどうしよう!」

ちょっとだけ鼻にかかった声でマシンガンの様にまくしたてる天使(少し疑わ
しくなって来たが)に、男は驚き、苦笑しながら話しかけた。

「君、その屋根から落ちて来たんだけど、状況は…分かるかい?」

「ーー…あっ!!」

一際大きな声を出すと、自分の体をペタペタと触り始めた。


怪我がないかどうか確かめているのだろう。

だが、直ぐさま自分が男にお姫様抱っこされているという事実に気が付いた。
慌てて男の腕をすべりぬけると、地面に尻餅をつく。

既にびしょ濡れでぐしゃぐしゃだった白い体に、泥水が撥ねて、滲んだ。

男が、髪から滴る雨水を両手で拭い、後ろを見やると、運転手がやれやれと肩を竦めて
いる。

先程までの緊張感が、まるで何年も前の出来事かの様に雰囲気が緩む。

男はなんだか可笑しな気持になり、少しだけまだ痛む足をさすりながら立ち上がって
天使に手を差し出した。

微笑みながら、片眉だけを上げて「ほら」と言う様に掌を少し揺らす。



「あ…りがとう」
やっとの事でまともに喋ると、男の手を取り立ち上がった。



豪雨。
ソウル郊外、午後16時。
激しかった雨脚が静かになって来て、暗い空にオレンジが滲み始めた。



これが大財閥御曹司、チェ・シウォンと、貧しい家庭の長男、イ・ヒョクチェの
初めての出会いだった。




To be continued...





【お知らせ】小説始めました。



どうも今晩は、ウォンヒョクの味方、Katieです。

ウォンヒョク小説始めます。

設定は、「スジュのメンバーがスジュじゃなかったら!!」

ドーーーン!!

先日同居人の超絶腐王キュミンペン子(なんか格好いいね)さんと話して
いた折りに、ウォンヒョク絶愛宣言を発表したばかりの、ハードコアウォン
ヒョクペン少女達の大統領である私は…
魂に火をつけられてしまったのです。

スジュがアイドルじゃなくて一般市民だったら何してたかな?
という談議を事実に基づいて延々と討論しまして…。

出来上がったのがこのパラレル的な世界観のお話です。

まず言っておきます。
駄文だ。

だけど…まあ読んでみっかっていう奇人さん達は…是非、どうぞどうか!
お楽しみくださいませ…

次の投稿から始めます。


草々

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