2012年8月16日木曜日

Happy Together vol.2




Happy Together vol.2











すっかり辺りは暗くなり、まだ少しだけ、嵐の帰って来そうな気配と屋内に
吹き込む風だけを残し、雨は綺麗にあがっていた。



「…なるほど。」



そんな中、男の表情の雲行きだけは怪しく…釈然としない表情でそうさせた相手を見返していた。



「ごめんってば。あの運転手のおじさんが着替え持って戻るまで!我慢してよ…」











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あの衝撃の出会いの後、運転手は男の着替え等を取りに戻る事にした様で、
風邪などひかれては困るからと天使の言葉に甘えて家の中で体を乾かさせて
貰って下さいと、男を残して去って行ってしまった。


去り際に小声で
「最後の社会勉強ですよ。」
と笑って耳打ちして行った。

その時は意味がわからなかったのだが、家に招き入れられて男はハッとした。
中から見ても外から見ても、廃家寸前の様相は変わらず、そういった家の中に
足を踏み入れるのは初めての事だった。



「入って」



そう言って玄関に手招きすると、天使は泥の付いた裸足をそこらにあったタオ
ルで丁寧に拭くと、中に飛び込んで行き奥に消えた。


すると奥から直ぐに、鼻にかかった、独特の心地良い…声が聞こえる。


「あんた名前、なんて言うんですか?」


フルネームで答えるべきか、名前だけか…と逡巡する内に声の主が奥から顔だ
け見せて少し笑う。


「俺はヒョクチェ。」


「…ヒョクチェ。」


「そう」


と、返事をすると思い直した様にペタペタと歩いて来て、男がまだ立った侭の
玄関に戻って来る。

あなたの名前は?と言う様に男の目の前で、立ち止まる。


玄関と屋内の段差があって、やっと同じくらいの目線。

だが決してヒョクチェの身長が低いわけでも無く、彼を構成する全てのバラン
スは完璧に整っていた。

まだしっとりと雨の乾かない細い首。

しなやかに筋肉質で無駄の無い身体が…白く眩しい。


男は何とも言えない心のざわつきを無理やりに押し込めると、手を差し出す。



「私…俺はシウォン。」


「シウォンっていうんだ。」


ヒョクチェはまっすぐに、自分の為にずぶ濡れになった男、シウォンを見つめ
ると深々と頭を下げた。


「有難う、シウォンさん。」



シウォンが何も答えないうちに、まあ上がってとヒョクチェは言うと、軽快
に踵を返して奥に引っ込んでしまう。


シウォンはなんだか体がふわふわと浮いてしまう様な、何故かそんな感覚を覚えた。


「お邪魔するよ」


奥へ向かってとりあえずそう言っておく。

そして靴を脱ぎながら、家の床を見たシウォンは、小さな感動を覚えた。
古い床だが、よく見ると本当に綺麗に磨き込まれているのだ。

周りを改めて見回すと、家の古さ、廃墟じみた雑な作りに気を取られて居たが全
ての物が小綺麗に整理されて配置され、ホコリ一つ被っているものはなかった。


色々な物が珍しく、きょろきょろしながら中に入って行くと、綺麗な細い手が
奥の部屋からひらひらとまた手招きをしている。


シウォンはふっと笑いをもらすと、誘われるまに彼の待つ部屋に向かった。


部屋に足を踏み入れると、そこは台所の様だった。
狭い空間にテーブル、四脚の椅子、食器を入れてある棚、それから何故か本棚。


そしてシウォンの立っている入口付近には小さなヤカンが火にかかった、一口の
ガスコンロが置いてある。

その横で両手にタオルを持って立って居るヒョクチェ。



「うち、風呂とか無いからさ」


「シウォンさんとりあえず体拭いてよ」



まるで友達に話しかける様にヒョクチェは矢継ぎ早に話した。
気に障る様な話し方では無く、ただ雰囲気を和ませる様な、そんな話し方。

それからタオルをシウォンに渡すと片足で器用にひょいひょいと椅子を二つ引く。
そして自分はコンロに近い方の椅子に、頭を拭きながら腰を降ろした。
その様子を見ながら、タオルを手にしたシウォンは少し躊躇って口を開く。



「服びしょ濡れなんだけど…脱いじゃってもいいかな」


床を指さしてここでいいの?という事を確認する。


「あ!そうじゃん!」


ヒョクチェは可笑しそうに言うと、

「部屋は暑いから脱いだ侭でも大丈夫でしょ」
と言うとそばの棚から一回り大きなタオルを取り出してポン、とシウォンに投げる。



「バスタオル?」


「だからうち風呂無いって!脱いだらそれを腰に巻いとけばいいだろ?」


「タオルだけで?」


「早く脱いじゃわないと本当に風邪ひくよ」



驚いた顔のままのシウォンに、ヒョクチェは楽しそうに笑った。



「…なるほど。」



シウォンは釈然としない表情で呟く。


「ごめんってば。あの運転手のおじさんが着替え持って戻るまで!我慢してよ。
俺の服のサイズなんてあんたに合うやつ無いし。」


と、自分の裸の侭の上半身を指差して、ね?という様に肩をすくめる。



「本当にあんたどこかのお金持ちなんだね。俺なんて裸で家の中歩き回るよ」
クックッと口元を綺麗な指で抑えて笑っている。


「俺は君の命の恩人だったと思うんだけど。笑われる筋合い…」
シウォンも嫌味で言い返そうとしたが、ヒョクチェの今にも吹き出しそうな
顔を見ていたら、つい言葉の途中で吹き出してしまった。


「そうだよ、感謝してるってば!では…脱ぐのをお手伝いしましょう、シウォン殿」


「ヒョクチェ、きみ…ちょっ」



素早くシウォンに詰め寄ると、スーツに手を掛ける。
2人は、正面から向き合う形で首にヒョクチェの手を回される様な姿勢になった。
楽しそうに脱がしにかかるヒョクチェを、つい凝視してしまう。

よく動く綺麗な唇。
白い歯がチラチラと見えて扇情的だ。



スーツの上着を脱がされ、後ろの椅子に投げ捨てる音がした。
次はネクタイ。

シウォンはやめろよ等と適当に相槌を打ちながら、また目の前のヒョクチェ
を観察する。



依然、何もつけずに白い肌と美しい筋肉をさらしたままの上半身に目をやって
みた。
雨で冷えたものの、コンロからの熱と湿度で汗ばんでいる。
首から肩のラインに、無性に唇で触れてみたくなる。

なんだか、家の中に入った時から感じていた足がふわりと床から浮いてしま
う様な、不思議な感覚がシウォンの中でどんどん強烈に育って来ていた。



ネクタイが床に落ちる音がした。



「からかってるつもりじゃないんだ。」


ヒョクチェがシャツに手を伸ばす。
「家の中にあんたみたいな人入れるのちょっとナーバスだったんだよね」
ぴっちりと1番上まで止めていた一つ目のボタンを、外す音がした。




「でもあんた恩人だと思うし、何かお返ししたかったし」
二つ目のボタンを難なく、細い指は外してしまう。




「冷えた体くらい温めてあげられたらいいかなって」
三つ目。




「実際家にあんた入って来たらさ、なんだか子供みたいな顔してきょろきょろしてさ」
四つ目。

シウォンは何故か眩暈を感じた。
まさかもう風邪をひいているのか?



「そんであんたみたいな上等のスーツ着た人が、うちの台所に困った顔して立って
るのがなんか合成みたいでウケちゃって」
五つ目のボタンが少し手間取り、外れた。
残りは後二つ。




冷えた布が体から離れ、はだけた部分から熱を帯びて行く。




「でもちゃんと恩返しするから、こうやってご奉仕するからさ」
冗談めかしてそう言うと、シウォンを見上げて笑う。
もちろん冗談だろう。



でも。



六つ目のボタンが外れるのと一緒に、熱くなって行く肌にヒョクチェの吐息が
優しくかかった。




シウォンはヒョクチェを押し返すように浮かせていた両手を、彼の背中に回した。




「…え?」
驚いたようにシウォンを見る目が、彼の何処かの…枷を外した。
最後のボタンに手をかけられるのと同時に、すくい上げるようにヒョクチェの
唇に唇を重ねる。



冷えたヒョクチェの体の中で、唇はとても温かかった。



はらりと、最後のボタンが外れシウォンのシャツがはだける。



そのまま体を裸のヒョクチェの上半身に密着させると、柔らかく濡れた唇を
余す所無く感じようと、深く唇を合わせた。



片手はヒョクチェの薄く繊細な背中を這い、もう片方は彼の髪に絡ませていく。



押して、引いてを繰り返しながら、柔らかい彼の舌を絡めとり吐息を漏らす。





一体どれぐらいそうしていたのか…分からない。





ピーーーーッという突然の、切り裂くようなヤカンの音に、一気に現実に引き戻された。





ハッとして、かき抱いていたヒョクチェの体から、手を離す。


ヒョクチェはそのまま、床にストンと崩れ落ちて、さっきと同じような尻餅を
ついた姿勢で呆然とした。


目をまん丸にして、口は開いたままシウォンを見ている。


溢れたお湯で、コンロの火は既に止まっていた。





衝撃の出会いから一時間も経たっていない。
空は真っ赤だ。


シウォンは自分が何をしているのか、生まれて始めて分からなくなった。




To be continued...







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