2012年9月4日火曜日

Happy Together vol.5




Happy Together vol.5




                









シウォンが帰った後、また暫くヒョクチェはドンヘをなだめた。

ドンへが「俺屋根直す!」
と二階に駆け上がる迄に、ゆうに一時間以上掛かってしまっていた。


「もう暗くなるから直すのは明日にしよう」
と声をかけたが、届いているかどうか怪しい。
まあ…無茶はしないだろう。

なんせ落下した人間が出たばっかりなんだし。






ヒョクチェは部屋に一人きりになった。

ふっと息を吐き、ゆっくりとした動きで椅子に座る。


考えてみたら、なんだかずっと立ちっぱなしだったなあと思い出し、
じわりと疲れが滲み出してきた。


もう、室温は肌寒い。


ヒョクチェはとりあえず、夜飯どうしようかな、と考えを巡らせる。


そうだなあ。
いつもんとこに食いに行こうかな。
ドンへも居るしそれがいいかな。
うん。
そうしよう。



それから、壊れた屋根とびしょ濡れの部屋の言い訳を考えた。

丁度その時、二階から何かを盛大にひっくり返す音が聞こえる。


…期待出来ない。
駄目だ、これは。
素直に謝るのがベストだ。
うんうん。


ヒョクチェは腕組みして、難しい顔でわざとらしくうなずいてみる。






-----また、部屋とヒョクチェの頭の中に静けさが舞い戻ってくる。





ああ、えっとそうだ。
次の舞台のオーディションの事。
振り付けは決めたけど、着て行くものを考えてなかった。

髪の色を変えて。
そうだな、やっぱり動きが綺麗に見えるあのパンツがいい。
シャツは眼鏡屋のあいつに借りよう。
こないだ着てたやつ。
綺麗な色の細身のシャツ。


あとは…
姉さんが母さんの病院から帰って来るのは明後日だったよな。
夕飯でも準備しておいて、話、聞いてやろう。
明日バイト行って明後日のスケジュール確認しなきゃ。
ああ。
早めに確認しときゃ良かったなあ、とか。
色々。
色々。




…色々あんじゃん!!




ヒョクチェは叫び出しそうだった。

さっきから、考えても、大事なこととかを沢山考えてみても、ヒョクチェの
ゆらゆらした思考回路は勝手に同じ場所に戻って行く。

両手で顔を覆ってみたけど、隠しきれていないのは百も承知だった。



俺の顔、今絶対に真っ赤だし。

何だよこれ…。



熱くて熱くて、身体が沸騰しそうだ。

ヒョクチェはせっかく先程着たばかりのTシャツを脱ぎ捨てて
水道の水を勢い良く出すと、流しに頭を突っ込んだ。

冷たい水が気持ちいい。
けれど、思い出してしまうのは雨の中。
ぐしょぐしょに濡れて、顔に雨が叩きつける中で目を開けたら、そこに居た黒衣の
紳士。
あの優しさに満ちた目が心配そうにこちらを見ていた。

雨で暗いってのに、あいつの背後の空は雲が割れてて、明るい白い空が覗いてた。
それは白黒で切り取られた古い恋愛映画のワンシーンみたいで。

俺は、あの時一瞬だけ、まるで映画のヒロインになったような気分だった。


気持ち悪い話だけど、そんな気分にされる程に常識破りなシチュエーション
だったから。




…だから‼




考えを洗い流せない自分に更にうんざりした。

流しから頭を引き抜き、タオルを探して後ろを勢い良く振り返ると、
わっ!と声がして、ドンへにぶつかった。
頭を屈めてタオルを探そうとしたので、ヒョクチェはドンへの胸に埋まる形で
静止するはめになる。

「…なんだよもう!驚ろいた。」
ドンへはヒョクチェの肩を優しく抱いて、おかしそうに笑う。


「………タオル取って…。」
不機嫌そうにヒョクチェは言った。



ドンへは、素直にタオルを取って、親切にもヒョクチェの顔や髪を拭いてくれる。

ヒョクチェがちらりとドンへを見やると、ニコニコと楽しそうに笑いながら拭いて
いた。

そのまま、ヒョクチェはごつんとドンへの胸に頭を預ける。

「疲れた。」

ドンへは俺も、と間延びした声で言うとヒョクチェの頭をぐしゃぐしゃに撫でて、
ぎゅっとそのまま抱き締めた。

「ヒョクチェが無事で、本当に良かった。俺さっきからずっと世界中の神様に感謝
してる。」

「あとさっきの、男の人にも!」
そう言って、無邪気に笑った。




ヒョクチェの心がチクリと痛む。


きっとこういう風に感謝するのが本当なのに。

俺はあの人の事を考えると…。

得体のしれない気持ちで少しずつ心と身体が占領されて行く。




ヒョクチェは、自分の顔を抱き締めているドンへの腰に手を回し一度強く抱きしめた。
甘える子供みたいに。



頼りない代表みたいな顔をして、ドンへはいつもちゃんとそういう感情を汲んで
くれる。


「…ドンへが優しいから腹減った」
唐突に理不尽な事を言ってみる。
いつものやり方で。


「意味わかんない」
ドンへは嬉しそうに笑う。
そしていつもみたいにヒョクチェの髪を撫でてこう言う。

「飯食いにいこ?」

「…ん。」
一つ頷いて安心する。
いつも通り。
何もかもいつも通りだから、飯食って、寝て、そしたらまたいつもの俺に戻って、
だから大丈夫。


ドンへが何時の間にか乾いたシャツを持ってきてくれていて、頭から被せられると
手を引かれて、家を出る。


もう辺りはすっかり暗くて、ヒョクチェが夜だ、と一瞬立ち止まって伸びをする。
雨上がりのすっきりとした空気が肺を満たしていく。


ドンへは目を細めて猫のようなヒョクチェを見つめた。

街灯はないけれど、発光する様なヒョクチェの白さに見入る。
そこだけ明るくなったみたいだ。





うまく言えないこの感情。
大好きなヒョクチェ。
世界一の宝物。
聞いて欲しい事があるんだ。
本当に俺は、バカな俺が考え付く限りの世界中の神様に感謝してる。
ヒョクチェが怪我しなくて良かった。
神様有難う御座います。
ヒョクチェが元気で、俺に悪態をついて来て、心が震えた。
いつも通り、がどれだけ大事なことなのか。



世界一の宝物。
こんな風に心が震える夜には、ずっと抱きしめて居たい。
一緒に朝まで居たい。
不安がなくなるまで、心臓の音を聞いて居たい。
叶うのならば。

叶うのなら…。






「どしたの?ぼーっとして。」
ヒョクチェが、ちょっとからかう様な顔で覗き込んで来た。

ドンへはへらっと笑って、遠くを指差す。
「あっちの方の、遠くの街の光とか…星の光が綺麗だなあって」

また猫の様にヒョクチェは目を細める。
見えたのか見えなかったのか分からないが、「ふうん」と呟くと月を見上げて
手を伸ばす。

「俺はこっちのが好き。はっきり見えるし。」

ドンへはなんだか、胸の奥が切なくなった。

いつの日か誤摩化しきれなくなる。

その時一体、俺はどうするべきなのか。



「超腹減った。行こ!」と叫んで、ドンへはまたヒョクチェの手を引く。



ヒョクチェは無言でその手を払った。


首を傾げてもう一度ドンヘがその手を掴むと、またバシッと払われる。
しかし今度は、いたずらっぽく笑いながら。


ヒョクチェはくくくっと白い歯を見せて笑いを堪えて居る。


ドンへも可笑しくなって、今度はヒョクチェの首根っこを掴もうと手を伸ばすと、
ヒョクチェがドンへの肩を小突いて後ろ向きにさせた。

「何…」
と言いかけた瞬間、背中にヒョクチェが覆い被さって来た。

「あっはっは!あはは!」

奴は背中で爆笑して、俺にしがみついている。


「あーもう…」
頭上で笑うヒョクチェの頬を掴んで軽くつねる。
「痛っ」と言いながらも笑い、すぐに「出発!」と叫びはじめた。

仕方ないな…とドンへは後ろに手を回し、太ももを支えて背負い直す。


「出発!走れドンへ!」

「落っこちても知らないからな」


ドンへは走り出す。
心底楽しそうに、ヒョクチェが笑う。

細い腕がしっかりとドンへの首に回されて居て。
雪みたいに白い腕から伝わる熱さ。


幸せだなあ。


幸せだ!


ドンへは、満面の笑みで暗い夜道を駆け抜けた。








To be continued...



2 件のコメント:

  1. 初コメントです。
    まだシリーズ序盤なのに…
    心臓にガンガン来るのですがどうしましょう?(//∇//)
    ウォンヒョク、綺麗すぎて怖いくらいです。

    ”文章が付け焼刃”なんてウソでしょ!
    ああ、この段階では本気出してないってことですね。
    これから心の準備して続きを読んできます。(^-^)

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    1. >みにくじ様

      初コメント有難うございます!
      ガンガン来ちゃいましたか!♥嬉しいお言葉です~><
      ウォンヒョクは本当に絵になりますよね…耽美というか…

      綺麗なものが大大好きなので、今後もエスカレートしてしまいそうです♪

      いやいや、本当に初長編というか、初小説で…恥ずかしいくらいです。涙
      続きはもう少し慣れてきて、良い感じに楽しんでいただける事を祈っています。
      また是非いらして下さいませ!
      とっても励みになります。コメント有難うございました!

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