2012年9月23日日曜日

Happy Together vol.8





Happy Together vol.8














ホテルまでの道を、ルーフをオープンにして走るシルバーのロードスタージャガー。



しなやかな車体に、滑る様な走行。
周りの景色が見慣れない様相で目まぐるしく、色鮮やかに移り過ぎて行く。



きっとこの男も、このジャガーみたいに…
俺が見てるのとは全く違う世界をいつも見ているんだろうな。


俺が見てるのは、変わらない世界。
ゆっくりと時間だけが過ぎて、変わろうとする人達は、何時の間にかここから居なくなる。

俺だって変わりたいと思うし、何かを変えたくて足掻きっぱなし。


でも…大切な変わらない世界を置き去りにしてまで、変化したく無いと思う。

だから
自分がみんなに変化を起こす事が出来るように、それだけを目標に生きて来た。




ヒョクチェは、丁度良い具合に体の沈み込む快適なシートに深々と体を預ける。
そして猫のようなあくびを一つすると、ウィンドウの縁に肘をついて顔を乗せた。




助手席で、きっと仕事の電話をしている(話の内容は聞いてもちっとも理解出来なかった)
この男は、たぶんそんな俺が抱えているみたいな小さい悩みとは想像もつかないほどに
無縁に見える。


きっとその力強い躰、手足で、常に誰よりも高い所まで駆け上がり飛翔して行く運命。
その間、なんにも顧みずにだ。


そんな感じ。


シウォンの顔を眺めている間に、何かの獣に似ている、ふとそう思った。

ペガサス?うーん…。

いや、肉食獣だな…

ああ…ライオン。

濃い燃えるみたいな黄金色のオーラで、力強い四肢に眼差し。

何物も超越したからこそ溢れ出る誇り高い気品と慈愛。

ライオンじゃん。

強過ぎ。
俺なんて一瞬で食い尽くされる。
むしろこんな骨と皮の餌なんて、食べられもせずに爪で遊ばれてその辺りに捨てられる。
そんな所だ。


…それなのにこの猛獣は俺に、愛してると言う。


干物みたく痩せっぽちで、頭も別に良くない、奪われる様な財産もなんにも持ってない
自分でも溜め息が出てしまう。
そんな俺に、愛してると。

一目で?

馬鹿らしい話。

それにこの男は全く気にしていないみたいだけど、俺、男だし。

男と女みたいに恋愛なんか出来るわけないのに、心底そんな事はどうでも良さそうだ。

ヒリヒリする。

興味がある。動揺する。
ドキドキする。怖い。
気持ち悪い。高揚する。

感情がぐちゃぐちゃ。
でもこの男に触れられたとこがまだ熱くて。
日付けが変わっても、まだヒリヒリする。

俺を好きだと言ってるこの百獣の王が、今まで見た事の無い世界を見せてくれる気がしてる。

ちょっと覗くくらい許されるだろ。

悩みの先回りをしてぐずぐずするのは嫌いだから、何か起きたら、それはそのとき考えよう。

ああ、ねむ…







==============================




ヒョクチェは、難しい顔をして何か考え事をしていたかと思うと
自分の腕に顔を乗せたまま眠っていた。


ゆっくり眠らせてあげようと、ルーフは閉じたが、細く開いたウィンドウから風が吹き込む。
サラサラの金の髪が風に流れて…
シウォンは今すぐその髪に指を絡ませて引き寄せたい衝動にかられた。


好きだな…。


それだけで胸が一杯になった。


人を好きになる事とはこんなにも幸せになる事だったんだなあとしみじみと感じ
携帯電話を閉じて、ため息をついた。


「シウォン様…。貴方ともあろう方が。そのにやけた顔をどうにかなさって下さい。」

「ん?なんだ、見ていたのか。人が悪いな。」


嫌味を言われようと、さも楽しそうに笑いが漏れている自分に驚く。

いつもなら、気恥ずかしくて黙ってしまうような嫌味だというのに。

人にどう思われようと、俺はどうでもよくなってしまったらしい。

ヒョクチェさえ、ありのままに俺を見てくれれば良いと思う。



ヒョクチェが寝ている間にホテルへ着いたが、起こすのが勿体無い位に可愛く眠って居た。


声を2、3度かけると眠たそうに半目のまま動き出したので、心配になりシウォンは
ヒョクチェの手を引いて歩く。


運転手にはまた嗜められてしまったが、ヒョクチェがホテルのエントランスのガラスに
ぶつかってしまうより良い。


歩きながら話かけても「あー」とか「うん」しか言わないヒョクチェの様子を観察して
いたが、本当に寝起きが悪いんだと確信する。


フロントで朝食を部屋に運んでくれるように事づけると、シウォンヒョクチェを連れて
エレベーターへ乗り込む。


ヒョクチェの冷たくて華奢な手の指先が自分の手の中にあって。


試しに少し手を離すようにしてみると、頼りなげにシウォンの手を離すまいと掴まり直す。

表情を伺っても、開いているか開いて居ないかすら分からない程の薄目でぼーっとしている。


割といつも半開きで、白い歯がちらりと覗いている綺麗な形の唇。


…つい目が行ってしまう。


背徳感。


最上階に着くとそのフロアには一室のみ、キングスイートの部屋だけが存在しており
シウォンはその部屋に滞在して居た。


シウォンは、流石にぼんやりから目覚め、周りの様子を見回すと徐々に怪訝な顔になって
いくヒョクチェの手を引きながら、楽しそうに彼を眺める。


まずヒョクチェは、エレベーターから降りてすぐに毛足の長い絨毯に眉をしかめた。


「床から毛が生えてる…」

「そういう絨毯だよ」

「し、知ってるよ!なんだよ」

「それはすまないな。ほら早く、こっちだよ。」


笑いを堪える事ができなくて、そっぽを向く事で顔は隠せたが、ヒョクチェはしっかり
と気づいてシウォンの手を思いっきり振り払った。



シウォンはそれにすら微笑みを抑えられない。



ーーヒョクチェは、嫌味の無い高級さと上品さを漂わせた廊下を勿体無い位にズカズカと
進んで行き、そしてようやく、部屋へのドアが一つしか無い事に気づく。


「え?これ…」


ドアを指差してヒョクチェはシウォンを嫌な目で見る。

「そうだ。自動で認証してくれるから、鍵は開いているよ。」

どうぞ、と手振りでヒョクチェをドアを開ける様促す。

「そうじゃなくて…この階ってあんたの居る部屋だけ?」

「ラッキーな事にね。」


シウォンはおどけて返すが、ヒョクチェは怪訝さの増した目で続ける。


「何階だっけこの階?」

「35階。」

「うわ…こんな金持ちマジでこの世に存在したのか…。」

「え、何?」

「あんた、漫画男だな。」

「…どういう意味?」

「漫画の中でしか出て来そうも無い、理想的過ぎて嘘みたいな存在って事…」
言いながら、シウォンの無駄に美しい戸惑った顔を見たら溜め息が出た。


顔も完璧なんだった。



その完璧な顔が切なげに笑う。


「面白いな、君は。いつも俺が思いも付かない発想をする…。」


シウォンにとっては目の前のヒョクチェこそが幻みたいで、俺の隣に居てくれて居るのが
嘘みたいだというのに。


「はあ、そうかな?誰でも思うと思うんだけど…」


「初めて言われたよ。理想的?俺はただ、いつもあるべきチェ・シウォンの型に押し…」

自分で途中まで言っておきながら顔の前で大きく手を振ると、言葉をかき消す。


「どうでも良い話だ。中へ入ろう、朝食が来る。」

「なんだよ、いま…」

「ほら、見てヒョクチェ。」

シウォンが重厚な扉をいつの間にか開けていて、中を指差す。

つられてヒョクチェがちらりとその先を見やると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「うっわ…すげ…!」


言葉を失うヒョクチェの肩をそっと押して部屋の中へ促す。


玄関からゆうに10歩はあった扉の連なる細長い廊下を抜けて、広間へ行くとそこは全面が
ガラス張りで、ソウルの街並みの大パノラマが広がっていたのだった。


ヒョクチェは感嘆の声を漏らしながらガラスに張り付いて、じっと外を見て動かなく
なってしまった。


シウォンはジャケットを脱いでクローゼットの中のハンガーにかけると、首元を少し緩め
て広間に併設されているバーカウンターに立つ。


「ヒョクチェ、何を飲む?」


「イチゴ牛乳…」


「イチゴ牛乳…は無いかもな…」
バタンバタンと大きな冷蔵庫の中を確認しながらヒョクチェを見ると
まだガラスに張り付いて口を開けたままぼんやりとしていた。


ふっとシウォンは微笑みを漏らす。
他の事が考えられなくて、ただ自分の好きな物が口から漏れただけなのだろうな。
いちご牛乳か、覚えておこう。
可愛いじゃないか。


代わりにシウォンは冷蔵庫からイチゴのリキュールを取り出すと、カウンターに置いて
おき、予め沸かしてあるポットの湯をカップに注ぎ、カップを温める。

そしてわざわざ自分で持ち込んだパリの紅茶メーカーのブルーロイヤルを選ぶと
茶葉を計量して紅茶を淹れた。

シウォンが準備を終えて、窓際に設置してある猫足の華奢なティーテーブルへ一式を
運ぶ。
そして丁度その時、朝食が運ばれて来たベルが鳴った。

ヒョクチェがはっとして後ろを振り返ると、シウォンがドアを開けてボーイが朝食を運
び入れている所だった。


ボーイにチップを渡してシウォンがお礼を言っている。

金持ちなのに腰の低いやつだな、とヒョクチェは思う。

そして自分のすぐ横のテーブルを見ると、美しく整えられたティーセットが並べられて
いた。


「…これシウォンがやったの?」

「そうだよ、全然気付かなかったな。そんなに気に入った?この眺め。」

「ごめん、手伝えば良かったよな。」

「何を言ってる、君は今日俺のゲストだ。自由に楽しんで欲しいんだよ。」

「ありがと。」


シウォンの、ヒョクチェの知ってる金持ちらしからぬ気遣いに、少し気恥ずかしくなる。

俺はこんななのに、気遣いすら出来ない…。

「さあ、座って?」

すすめられるままに、絶景の見渡せるその席に座ると美味しそうな食べ物が沢山載った
カートをシウォンが押して来て、テーブルに並べる。

「すげー…」

「君の所望するイチゴ牛乳は無かったからね、紅茶に趣向を凝らしてみた。」

「え?俺イチゴ牛乳なんていつ言ったっけ?」

「お見通しなんだ、君の事は。」

「え!?」

「まあいいじゃないか。ほら見て。」

シウォンが笑いながら、美しい青い花びらが沢山浮いた透明のティーポットを軽く
揺らす。

「わ…綺麗だな、それ。」

「だろう?旨いぞ。で、これに君の好きなイチゴのリキュールを、ほんの少しだけ。」

そう言いながらシウォンはイチゴの濃厚な香りがする真っ赤な液体を少しだけ
糸の様に紅茶に垂らした。

花の香りと、イチゴの香りが混ざりあい、むせ返る様に甘い香りが部屋に充満した。

「リキュールって…お酒?」

「そうそう。」

「俺、酒のめないんだけど大丈夫かな?」

「ああ、アルコールはほとんど飛ぶさ。大丈夫だと思うよ」

「なら良かった。」

「飲んでみる。めちゃくちゃ旨そう!」

「どうぞ。」

微笑みながらシウォンは紅茶を美しくカップへと注ぐ。

充分に温まったカップに、白い湯気が立ちながらほんのりとピンク色の琥珀が流れ込んだ。

ヒョクチェは嬉しそうな顔で、両手でカップを持つとふーふーしながら、まずペロリと
舌で紅茶の味見をした。

「あま…!美味しい!」

「甘めにしておいたんだ。お気に召したかな?」

「最高!」

ふーふーしながら、少しずつ紅茶を飲むヒョクチェを、シウォンは本当に幸せが胸に
広がって行くのを感じながら、見つめた。


「なあ、これ早く食べたい。」

「勿論、召し上がれ。」


ヒョクチェは、バニラの香りのするフレンチトーストの匂いをくんくんと嗅ぐと
にっこりと笑ってフォークで刺して、口に運んだ。

「うまい!!こんなの…たべたこと……ないんだけど!」

もぐもぐと租借しながら、合間合間に感想をしきりに伝えてくる。

こんなに喜ぶのなら、何百回だって食べさせてあげたい。

「良かったら俺のも食べていいから。俺は君のとこに行く途中に車でちょっとだけ
サンドイッチ食べた。」

「やった!!」

美味しそうに食べているヒョクチェを見ていると胸が一杯でどうにかなりそうだった。
シウォンは気を逸らす為に少し外の風景を見る。

「この風景がこんなに綺麗に見えたのは始めてかもな。」

「…うまい…え?…なんで?すげーじゃん」

「慣れちゃってたのかな…一緒に見る人が居ると、新しい景色を見ているみたいだよ。」

「じゃあ俺がいつでも一緒に見てやるよ。」

ヒョクチェはごくんと飲み込むと、プレートのマスカットをちぎりながら笑った。

「毎回新しい風景になったらお得じゃね?」

「くくっ…本当に君は面白いな。」

「そう?その代わりこの紅茶また飲みたい。飯も!」

「お安い代金だ。」

少し行儀は悪いが、シウォンはテーブルに片肘をつき、手のひらに顔を載せる。

そして優しい眼差しでヒョクチェを眺めた。

また、来てくれるって言うのか、彼は。

それは約束だと思っていいのか?これっきりかもしれないと何度も逡巡して
どうやったらもっと関係を長いものにして行けるのか考え続けていた俺は道化みたいだな。

天使はなんだって覆して行く。

光のある方に、突然俺の手を引いて行く。

幸せじゃないか。

その先が天国だとして、誰もいない世界だとしても、俺はこの天使に縋りたい。

この天使が消えてしまおうとも、俺の心に残る最後の記憶が彼であるのなら

それですら幸せに、思えてしまうのだろうな。

灰色で、無機質だった、世界。

ただ単調に、何の障害もなく階段を上って行く、そんな世界。

その階段の壁には華やかな絵が描いてあったとしても、俺には足元しか見えていなかった。


君の柔らかさ、温かさ、香り、声、苦しい。
苦しい程に、全部欲しい。


「ヒョクチェ、好きだ。」

「ぶっ!!!!ゴホ」

「食べながらで良い、聞いてくれ。なんで君を好きだと思ったか、どれだけ本気で
好きだと感じているのか、知って欲しいんだ。」

「ええ…好きって言うのは聞いたけど…気の迷いだろ絶対…おかしいよ」

「そう思うと思うよ、普通。だから、ゆっくり知ってくれ。」

「知って、どうしたらいいの?俺は。」

「別に応えてくれって言ってるわけじゃない。君の答えは君のものだ。けれど
俺は君の心を動かしたいと思ってる。それを許して欲しい。」

「…まあ…えーと…」

「頼む。」

シウォンが、ヒョクチェを泣き出しそうな真剣な目で、見ていた。

「…わ、分かった。」



そうして

シウォンは、訥々と語り出す。



これまで、人に恋をした事が無かった事。
女性とそういう関係を持った事は何度かあるけれど、好きだと言われ付き合ったげ挙げ句
理想を求められ、押し付けられ、その度にいたたまれなくなり自ら関係を絶っていた事。


長い間、心の動かなかった自分。
全てがレールの上を動かされていたような感覚。
勝手に準備されて行く未来。
意思を失いそうになっていた現在。


そして、突然に出会った光。
天使だと思ってしまった事から、初めて自分で自分の心が動いた事を感じた瞬間の事。


どうしようもなくヒョクチェが欲しくなってしまった素直な気持ち。

純粋さ、素直さを隠しきれない、ヒョクチェへの感動。

自分と正反対な魅力に心の底から魅入られてしまった事…。


申し訳ないと思いながらも、感情を止められないと。


そう、溢れる様に一気に話した。





「…聞いてくれて感謝する。…ああ、まるで懺悔だ。」

シウォンは、感情が交錯してしまい落ち着き無く自分の整えていた髪をくしゃくしゃにした。




そして、話しが終わってしまうと、部屋に静寂が訪れた。

時計を見ると、いつの間にか針が正午を指している。

ほとんど食べ終わった皿や、飲み干された紅茶のポットが時間の経過を物語っていた。



ヒョクチェが、心無しか顔を赤くして両手で目を押さえる。

そして、口を開く。


「…ごめん、正直に言って良い?」


「怖いな。でも聞かせてくれ。」


「俺分かんない。」


「そうか…そうだよな。」


「えーと、そうじゃなくて。俺も好きとか、恋とかそういうのあんま分かんなくて…」


「今まで付き合った女の子とも、その、セックスとかはしたけど…愛っていう…
なんかそういう感情が分かんなくて…いつも振られてて…」


ヒョクチェは、赤い顔を更に赤くしてどもりながら言葉を続ける。


シウォンは、何が彼の口から出てくるのか分からない恐怖で、両手を握りしめて待った。


「時間をかけたからって言って好きになるのかとかも分かんないし、好きになるには
何かの劇的な理由が無きゃ駄目とかそういうポリシーがあるわけでもなくて…。」
ヒョクチェはこれでもかという程両手に顔を押し付けて絞り出す様に話している。


「だからあんまり恋愛に対してよく分かんないっていうのが俺の気持ちなんだけど
だから、あんたの恋愛がおかしいとも別に思わないって事…それに…」
そして一つ、大きくため息をついた。


「それに、あんたが正直に話してくれたから、話すけど…
俺だって男だし、欲求みたいなのはあるから、なんだろう、あんたの気持ちに対する答
えになってっか分かんないんだけど、キス、あれ、あの、最高に…気持ちよかった。」
そういうと、ヒョクチェは机に突っ伏してしまう。


「あー、ちょっと、聞かなかった事にして。まじで。男同士で気持ちいいとか意味分か
んないし、あんたも意外に俺が即物的でひくだろ。もーひいてひいて。ひけば。」


「ヒョクチェ…」


「ごめん顔見れない!あー!それしか今分かんないんだよ。
あんなにキスで気持ちいいって思った事無いし、ああ、正直言うと、そう。女でもあんな
気持ちになった事無い。だからあん時自分にひいて、失礼だし最低な事言って傷つけた
よな。本当にすいませんでした!」

顔を抑えたまま机に突っ伏したヒョクチェは、捲し立てる様にそう言うと
小さくあーーっと叫びながら足をジタバタした。


「ヒョクチェ…すまない、そのまま待ってて、ちょっと…限界…」


「え?」
シウォンの声に変調を感じて、ヒョクチェはちらりと目だけ覗かせてシウォンを見る。


目に入ったのは椅子から立ち上がったシウォンが、洗面所の方に駆け出して行った姿だ
った。


「え!?ちょっと!人が真剣に…」
ヒョクチェは心外とばかりに立ち上がりシウォンを追って走る。


「ヒョクチェ!ちょっと、本当に少しだけ放って…おいてくれ…」

「なんでだよ!」

洗面所の前でシウォンを追いつめたヒョクチェは、扉に向かいあってこちらに背を向ける
シウォンの肩に容赦なく手をかけた。

頑にシウォンは扉に張り付き、こちらを向いてはくれない。


「ひいたなら、ひいたって言えよ!俺だってめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!逃げる
とかどういう…」


「近い…ヒョクチェ、近い。体温がまずい。」


「は?いいからこっち…」
ヒョクチェは顔すら向けないシウォンに頭に来て、腕をシウォンの体に回して自分に向
けようとした。


「駄目だ。ヒョクチェ、これは君が悪い。」
そういうと、シウォンがくるりと振り向いて、半眼でヒョクチェを見下ろす様に一瞥して
ヒョクチェの目の前に屈みこんだ。
そして、いとも簡単にヒョクチェを、足から掬い上げる様に肩に担いだ。


「う わっ!!」
突然の事に驚いてされるるが侭に担がれてヒョクチェは運ばれる。

玄関へ続く廊下へと進み、一番手前の扉を、シウォンが開く。

担がれて前が見えないのでシウォンの背中に手をついて身をよじる様にして部屋の中を
見ると、そこは寝室だった。


「え…?ちょ…シウォン」


「お昼寝の時間だろう、ヒョクチェ。子守唄を歌ってあげるよ。」


「待って、嫌な予感しかしない!あっ うわ!」


シウォンはヒョクチェをふわりとベッドに下ろすと、緩めていただけの細いタイを抜き
ながら、ヒョクチェに覆い被さって来た。


シウォンの甘い、セクシーな香水の香りがヒョクチェの鼻孔をくすぐる。



ああ、あの時の香り。



甘くて、熱い。



シウォンがヒョクチェの頭の両側に手をついて、熱い瞳でヒョクチェを見下ろす。



13時を告げる、時計の鐘が、閉じられた扉の向こうから小さく聞こえていた。








To be continued...




0 件のコメント:

コメントを投稿

Translate