2012年9月30日日曜日

Happy Together vol.10





Happy Together vol.10











シウォンは、暫くヒョクチェの寝顔を眺めて居た。
自分の腕の中で眠る愛しい人。

ーー行為の後、シウォンはヒョクチェの体を綺麗に、何もなかったかの様に整えた。

そして今、ヒョクチェは穏やかな寝息を立てながら俺の腕の中に居て。
上下する胸を眺めながら、シウォンは沢山の事を反省する。
シウォンは特大のため息をついた。


自分の強引過ぎる性格に、生まれて初めて暴走した感情。


…冷静沈着、微笑みの貴公子。


ビジネスで付いた自分のあだ名が聞いて呆れる。


二度目の、今度はもっと、重い溜め息。


目が覚めたらヒョクチェは、きっと俺を軽蔑して去って行く。
引き止める術もない。


甘い紅茶か?イチゴ牛乳か。
濃厚なフレンチトーストか、熟れた高級フルーツか。
美しい景色か、欲しいものを全部与えて。
取引をしてみようか。
それとも、もう一度泣いて訴えてみようか。


ヒョクチェは涙に弱いからーーー…。

シウォンは苦笑いを漏らす。
幸せにしたいって思って、今日はきっかけを作りたかったんじゃないのか。

何を、弱みに付け込むような事を考えているんだ。

こんな俺じゃ、格好もつけられない。
嘘もつけない。
近道も出来ない。
幸せにも出来ない。




ああ。
行き止まりだ。

だが俺はこの一度掴む事の出来た、ヒョクチェのほんの…
指先にも満たないような小さな縁を
きっと放してやれない。









==============================









ドンへは、一人仕事を終えて夕暮れの路を歩いた。

バイクに乗る気分では無かったから、バスを乗り継いで、
またヒョクチェの家のそばまで来てしまった。

ドンへはなんだかよく分からない色の水が流れる、用水路にそって歩いている。
夕暮れの、オレンジ色の空気と小さな水音に心が掻き乱された。



なんで、来ちゃったのかな。



ドンへは足元を見ながら、つい考えてしまう。

いつもなら何の理由も無く、仕事が終わったから、ヒョクチェに会う。
それだけで良かったのに。

何かが変わってしまった。

何が変わったのかは分からないけれど、胸が寂しさでいっぱいになった。
きっとこんな風にぐるぐるしているのは俺だけで。

ヒョクチェとシウォンに何かが始まってしまったとしても
2人は俺の気持ちなんか知らないから、俺の事なんて考えもしないだろう。



いつだって、ヒョクチェの一番横に居るのは…俺なのに。

俺はもう、いらなくなるのかな。

そう思うと、ドンへは歩みを止め、その場にしゃがみ込んでしまった。

目を閉じて、自分で自分の心を宥めすかす。

そんな事は無い、ヒョクチェはそういう人間じゃない。
いつだって自分の周りを全て大事に大事に、抱え込んで行く人間だ。


俺みたいにヒョクチェ一人だけしか見えなくなるような事は無くて
皆の手を引いて、幸せになろうとする。
そういう人間だ。

でも。

俺は…


そのヒョクチェの、一番で、居たい…。


宥めていたつもりが、またとてつもなく寂しい気分を煽り始める。
ドンへは涙がじわりと湧いてくるのを感じて、目を開けて涙を牽制した。


砂利と泥の道が瞳を刺す。


今のドンへの心の表面みたいに、ざらざらとして、ほこりっぽくて。


ふと、視界の端に黄色い物が入り込んで来た。

薄い、黄色の小さな花。

ドンへはそっと手を伸ばす。

愛おしくて、少し花びらを撫でると、花が揺れた。

その花を摘もうと、ドンへは根元に手を伸ばす。


その時、背後から突然話しかけられた。


「何してるの?その花、摘むの?」


「え…?」


地面に手をついて、後ろを振り返るとそこにはリョウク程の小さめの背丈の
なんだかふんわりとした雰囲気の少年の様な人が立っていた。

背後の夕日のオレンジと被さって、なんだか空気に溶けそうな。
そんな印象を受ける。


「花、摘んだら可哀想なんじゃない…」


その人は、ふわふわとそのままドンへに近寄ってくると隣にしゃがみ込んだ。

「ほら、こんなに固い地面から必死で花を咲かせたんだよ。」
地面を触りながら、ドンへの方をちらりと上目遣いで見る。

「あ…そうだね。」
ドンへは、現実に戻ったように頭を掻くと、申し訳無さそうに花を見つめた。

「余計なおせっかい、ごめんね。」
その人も、なんだか恥ずかしそうな顔をしてまた花に目を戻した。

「いや…全然」

「僕さっきから後ろ歩いてて、君がなんだか突然しゃがみ込んだから…驚いて。
様子を見てたんだ。手を貸した方が良いかなって。」

「わ、まじ?全然気付かなかった。ごめん。」

「…あのさ、この道の先のご飯屋さんに行く所?」

「え、ああ…うん。なんで…」

「覚えてない?いつも大体となりのテーブル。もう一人男友達といつも
来てるんだけど。」
少しだけその人は儚げに笑う。

「えー…あ〜…」

「…覚えてないよね。君いつも隣の派手な子の事しか見てないもんね…?」
今度は、目を三日月型にしていたずらっぽく笑うと「言わないから」と言った。

ドンへは、返す言葉を失って口を開けたままその人を見返す。

「ふふ。言わないから、ご飯付き合わない?」
にこにこと笑ったまま、その人はドンへに手を差し出す。

「ちょっと…そんな気分じゃ…。なんで…」
ドンへは、真意を伺うようにその人を見詰める。

「実はね、今日ちょっと嫌な事があって…。今、一人でご飯食べたくないんだ。」
ぷっと唇をとがらせると、その人は、だから、ね?という様にドンヘを促すように見る。

「あー…」

「僕はソンミン。君、ドンへでしょ、いつも大声で呼び合ってるから知ってる。」

「…」

「行こ!」

ソンミンは、さっと立ち上がるとドンへの手を掴んで立たせる。
されるがままに手を引かれると、ドンへはふらふらと、結局一緒に歩く。

ソンミンは店まで、ずっと楽しそうに一人で話しながら歩いていた。

ドンへはなんだかよく分からないまま相づちを打ちつつ、いつの間にか店に着くと
リョウクが驚いた顔で2人を迎えた。

「兄さん達!えー?なんで、知り合いだっけ?」

「いや、」
ドンヘが言いかけるのをソンミンが遮る。

「最近ね。だから仲良くなろうと思って…」
あたかも本当の様に、ソンミンがふふ、と笑う。

「そうなのー?面白ーい。」
リョウクはぱちぱちと手を叩きながら笑う。

「ここいい?」
ソンミンが席を指して尋ねると、いいよいいよといいながらリョウクがテーブルを
セットしてくれる。

ドンへはなんとなく流され、普通に座ると居心地悪そうに自分の首をさする。

「普通に、さ、仲良くしよ。」
ソンミンが微笑む。

「うん…」
ドンへはソンミンをじっと眺めて、小さくうなずいた。


2人の間に、気まずいような、むず痒いような沈黙が訪れる。

ドンへは、どうして良いか分からず、下を向く。
ソンミンは真っすぐにドンヘをじっと、見つめていた。




「…正直、言って良い?」
ソンミンが呟く。

ドンへは、また一つ頷く。

「言わないと…伝わらないよ。」
ソンミンが、ほんの少しだけ厳しいまなざしでドンへに言い放つ。

「これもおせっかいだと思う。でも君の気持ち、伝えないで終わらせるの?」

「え…」

「…ずっと気になってた。あの子の事が好きで好きで仕方無いって全身で叫んでる君。」

「好きなんでしょ?なんだか痛そうで、その痛みが伝わって来ちゃって。いつも。」

「嘘…」

「多分ね、僕も今同じような恋をしてるからだと思う…。」

「好きで好きでどうしようもないのに、伝わらないんだ…。言わなきゃ、いつの間にか
誰か他の人と遠くに行っちゃう。」

「…」
ドンへの胸を、その言葉が深く貫く。
呆然として、黙り込むドンへを尻目にソンミンはリョウクを呼んで2、3注文を告げると
リョウクが中に消えたのを見計らいドンへに手を伸ばし、頭を撫でた。

「…心が泣いてる…」

「ヒョクチェ…だっけ、あの派手な子。多分あの子は鈍感な感じだから…
ちゃんと言わないと…。」


ドンへは、混乱したのか両手で目を覆ってテーブルに肘をついた。


「俺…そんなに好きってバレバレ?」

ソンミンは一つため息をついた。

「僕は…」

「…君を見てたから。」

ソンミンの顔に、一瞬だけ哀しそうな影が落ちたかと思うと、またふんわりとした
笑顔に戻って優しくドンヘを見つめる。

「…?」
ドンへは、ソンミンの表情に戸惑うが何が引っかかったのかも分からず黙ったまま
彼を見返した。

「…とにかく、結果はどうだとしても伝えないとドンへはずっと辛い…でしょ。」

「…うん。」

「僕はドンへの笑顔が凄く好き。」

「俺の?」

「でなきゃ見てないよ…。」

「人を幸せにする、笑顔だと思う。」
ふわふわと、滑る様に頬杖をつきながら話すソンミンを
ドンへは不思議そうに眺めた。

「ありがとう。」
ドンへは少し照れくさくて、そのまま口を閉ざす。


そうして、2人とも黙ってしまうと、良いタイミングでリョウクが料理を運んで
厨房から出て来た。

「はい、お待たせ〜!2人のお友達記念に、鶏肉多めで作ったからね!」
中華風の鶏肉の炒め物をテーブルに置きながら、リョウクが楽しそうに言う。

「今日は、2人とも相方は急がしいの?」
リョウクが尋ねると、ドンへとソンミンは同時に口を開いており

「「…知らない」」
と、2人の声が重なった。

そして2人は目を見合わせると、一瞬お互いに驚いたがつい笑いがこぼれる。

「やだやだ、何この空気。いつの間にそこまで気が合う様になったわけ?」
リョウクが半笑いで、訝しげに2人を眺めた。



2人はくすくすと笑い続けると、リョウクは僕を差し置いて!と言うと暫く一緒に笑い
また他の料理を準備しに戻って行った。

料理を食べながら、2人は年や、住んでいる場所の事を話しながら談笑した。

ソンミンは、若くみえるが実はドンへと同じ年で、近くの大学で生物の助教をしていた。

ここの店には、数年前に博士号の取得で忙殺されていた時に体調を崩し、
バランスの良い食事を出してくれる店を探していたら出会ったという事らしい。

ここに連れて来ているのは、キュヒョンという名の大学院生で体調管理の為に連れて来て
いるんだとソンミンは笑った。


一方ドンへは、近くの魚市場で働いていて、今は時折漁を手伝いに海へ出たり、
家業の魚屋の手伝いをしているという事を話した。

ただ本当の夢は他にあるのだが、いまは事情があってそれに専念は出来ないという
面倒な話までいつの間にか喋ってしまっていた。

ソンミンは、楽しそうに沢山の質問をしながらドンへの話を聞いた。
聞き上手なんだなあ、とドンへは感心する。



わざわざ俺の事なんか心配して、話した事も無いのに忠言をしてくれた。

有り難い、と思った。

誰にも言わずに蓄積して来たこの想いを、初めて自分外に解放出来た。

こうでもされないと、俺は自分に鍵を駆け続けていたんだろうな。
ドンへはそう思う。


「ありがとう。」
唐突に、話の途中にドンへはソンミンに言った。

驚いて、ドンヘが可愛いなと思った白い歯を覗かせたままソンミンは動きを止めたが
一瞬で納得したようで、うん、と頷いて恥ずかしそうに下を向いた。

「俺、そのうち、ちゃんと言う。」

「…そのうち?」

「うーん…もしかしたらすぐかも。」

「頑張って。いつでも話くらいなら、聞けるから…」

「…それすごく、ありがたい。」

「ほんと?」

「うん。他に誰にも言った事無いし。」
ドンヘが、上目使いで、へらっと八重歯を見せて笑った。

ソンミンはまた少し恥ずかしそうに笑顔を返すと、頷いてすっと席を立つ。

「これ、連絡先…。僕は仕事に戻らないと。」

「あ〜ありがとう。俺のも…」

「大丈夫!僕は君から連絡があったら、またその時に教えてもらう。」

「そう…?分かった。連絡、する。」

「うん。じゃあ、またね。」

バイバイ、と手を振って、さらさらソンミンの髪が横顔に流れて、表情を隠す。

なんだか少し、ドンへはその表情が気になった。


テーブルに、几帳面に向きの揃えられたお金と、きれいな字のメモが残る。

ソンミン…か。

綺麗な人だったな、とドンへは思った。
あんな風に優しくて、綺麗な男に想われている人はどんな人なんだろう。
幸せな人だな、と思う。

片や俺みたいな奴に想われているヒョクチェは、気の毒だ。

泣き虫で、寂しがりで、気持ちを伝える通気も無くて、別に取り柄も無い。
ヒョクチェは、お前は美男子で良いなあとよく言ってくれるけど
俺はヒョクチェの方が何倍も綺麗だと思うし。


せめて気持ちに正直になれる様に、なりたい。

あの人が、俺に言った様に。

俺の笑顔でヒョクチェを幸せに出来たら。






リョウクに、ごちそうさまを伝え、支払いを済ませると

ドンへは足早に、ヒョクチェの家へと向かった。








To be continued...





0 件のコメント:

コメントを投稿

Translate