2012年9月10日月曜日

Happy Together vol.6




Happy Together vol.6











裸の脚に伝う水が足の裏まで落ちて溜まり
歩く度に足跡を作っている。



椅子からバスローブを取り、まだ濡れた体に羽織ると、シウォンは柄にも無く
無造作にベッドに転がった。



そしてそっと胸に手を当てる。

まだ…ここがドキドキしている。

嬉しくなり、顔が自然と綻ぶ。



ーーー出会ってしまった。



見た目でもない、性別でもない、性格でもない、すべてを超越して愛する人間。

これが愛。

これが恋。
ああ、神よ!

先程は幸せ過ぎて涙が出てしまったが、彼はそれを見ただろうか?
彼の目には幸せそうに見えた?
それとも辛そうに映ってしまった?


伝えたい、早く、速く、この愛を余す所なく伝えたい…。


どうやったら振り向いてもらえるだろう?
ヒョクチェが望む事をしてあげたい。
彼がして欲しい事。

そう…そこから始めよう。

「あ…」

暫く考え込んで居たシウォンは、何か思いついた様にこめかみに指を当てると、脱ぎ
捨ててあったスーツのパンツから携帯電話をとりだす。

それから数回電話をかけたりメモを取ったりを繰り返すと、満面の笑みで携帯を枕元
に放り出しそわそわと広い部屋の中を歩き回った。










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「…何考えてんのー!?」


バシっ、という痛そうな音と共に、店内に甲高い声が響き渡った。
その声の主は腰に手を当てて、店の端の円卓の前で仁王立ちして居る。

背中を叩かれたらしき男ーーーヒョクチェは食べている途中だったらしくむせ混んで
しまって、その横でドンへが口からこぼれた何かを甲斐甲斐しく拭いてあげていた。


「ゴホッ、ゴッ、ゲホッ!!」


「あ~ヒョクチェ、水飲んで、ほら」


「ヒョン、甘やかさないで!」


腰に巻いたフリルのエプロンがやたらと似合うその男は、口を尖らせて2人を見下ろ
している。


「リョウク…目が…」


半眼になって睨みつけるリョウクと呼ばれたその子は、捲し立てるように続けた。


「だって!あんな雨の中で屋根に登るなんてどうかしてるよ!もし怪我したらとか、
考えなかったの!?皆がどれだけ心配するか真剣に考えてよ!!」


「うぐっ、ゴホっ、ゲホッ」


涙目でリョウクを見つめるヒョクチェの後ろから、更に声が聞こえた。


「駄目駄目。そいつに真面目に考えるなんて出来るわけないだろ。ドンへとふざける
為だけに生まれて来たようなやつなんだから。」


木製のパテーションで仕切られたヒョクチェの後ろの席に向かって、咳が治まった
ヒョクチェが叫ぶ。


「なんだよイェソン!!お前も居たのかよ!」


ドンへとヒョクチェが立ち上がってパテーションを覗くと、旨そうにラーメンを啜る
メガネをかけた男が座っていた。


「居ちゃ悪いのかよ!」


「ちょっとイェソンヒョンは黙ってて!」


リョウクはその男、イェソンに指を差して嗜めると更に続ける。


「あのね、ヒョン。ヒョンは夢を追ってやっと来週のオーディションにこぎ着けた
ばっかりなんだよ。それに今は家を預かって、ご両親に代わってお家を支えないと
いけない大事な時なんだよ。なんでそんな無茶するのさ。何度も落ちたオーディ
ションは来週に次の選考があるんだよ。みんなヒョンの夢を応援してるの。分かる
よね?」

「…うん」


「だったら!僕らがどれだけヒョンが怪我したら悲しむか分かるよね?みんな
ずっとずっとヒョンの未来に期待してるんだ。その体が作り出す魔法みたいに格好
いいダンスがずっと見たいと思ってるんだよ。自分の体、本当に、ちゃんと大事
に考えて!」

「…はい」


ヒョクチェは小さく体を縮めて、ドンへの右肩の後ろに半分隠れるようにする。

ドンへは、左手でヒョクチェの肩を優しく叩くと、「本当にそうだよ。」と
囁く。


「みんな、ごめん。気をつける…」


そう言って、ドンへの背中に頭を預けてヒョクチェはため息をついた。
リョウクはふんっと鼻息を吐くと厨房に戻って行った。


「年下に怒られてんの。せいぜい反省するんだな、ちゃんと!」


イェソンがニヤニヤしているであろう半笑いの声で言葉を投げて寄越す。


「いつもイェソンヒョンだってめっちゃ怒られてるのに!」


ドンヘがすかさず返すと、ヒョクチェがそうだそうだと小声で声援をする。


「な…」


イェソンが返そうとすると、リョウクが厨房から帰って来て、縮こまりきった
ヒョクチェの前にドン!と大きなどんぶりをおいた。


「黒胡麻粥!食べて。馬鹿ばっかりのヒョン達の中で絶対誰か風邪引いたりする
人が居ると思って。作っといたの。風邪の予防の効果があるし、凄く温まるから
これでも食べて、そしたら今日は早く帰って寝て!」


「え…いいの?」


ヒョクチェがおそるおそるドンへの後ろから顔を出す。


「うん。別に嫌いで怒ってるわけじゃないんだから。ヒョンの体を思ってるだけ
なんだし。ちゃんと温まってね。」


「リョウギー!愛してる!」


そう言いながら、ヒョクチェは早速一口お粥を食べると、盛大に幸せそうな顔で、
「んまい」と言うと黙々と食べ始めた。


「一口ちょうだい」
ドンヘがヒョクチェの顔の横に口を開けてすり寄る。


「だめ」

「いいじゃん!ケチ、ちょうだい!」

「だめだめ。リョウクが俺にくれたんだからな。」

「なんだよ〜」


そうやって2人がお粥の攻防を繰り広げている間に、リョウクはまた厨房で何かの
準備をしに戻っていた。



パテーションの後ろでは、そんな様子を面白く無さそうに伺いながら、イェソンが
独り言を言いながら食べ終えたラーメンの器を持て余していた。


「結局リョウクは俺以外にはいつも優しいんだよな…俺の事なんてどうでもいいん
だろ…」


「ヒョン、聞こえてる。」
リョウクが厨房から顔だけをのぞかせ冷たい目でイェソンを一瞥する。


「な、なんだよ盗み聞きは良くないぞ!大体、俺が注文した餃子忘れてるだろ!な?
ほら俺の事なんてどうでもいいんじゃないか。」

「それに俺だって風邪気味なのに…」


イェソンは、盗み食いを見つかった犬のようにうろたえて、しかし反撃を試みた。


「ヒョン…僕が物忘れなんてすると思うの?」

「え、いや」

「ヒョンの方こそ忘れてない?今夜は朝まで編曲手伝ってくれる日だよね?」

「覚えてるさ!覚えてるからこうしてここに」

「だよね?朝まで僕と居るんだよね?そんな餃子なんて匂いの強いもの食べて…
僕と何をするのか本当に分かってる?」


リョウクがイェソンに近づいて来て、ぐっと顔をそばに寄せて凄む。


「な、ななな…へ、へんきょく…」
イェソンの顔が少しずつ赤らんでくる。
そして困ったように、既にパテーションの上からこちらの様子をうかがってた2人に
目をやり、目線で助けを乞った。


「編曲だけ?ヒョン、分かってる?」
リョウクが畳み掛ける。


そしてドンヘがにっこりと笑って、リョウクに見えないようにイェソンに口パクで答えを伝える。
「キ」「ス」
の形にドンへの口が動いた。

イェソンの顔は真っ赤を通り越し、汗を滲ませながら、その言葉を口に出す。


「キ、キき き…!!」

「キ?キキ?何言ってるの?キリン?」
リョウクはまたも半眼になってイェソンを睨む。

「へ…」

「編曲の最中に音合わせするでしょ!低音はヒョンに任せてるんだから隣で餃子くさい
息で歌われたら困るの!そのくらい考えてよ、ったく…」
リョウクは一瞬でそっぽを向き厨房に戻ってしまう。


「はい…」


イェソンは小さく呟くと、そのまま脱力してべったりと円卓と椅子にしなだれた。
その姿は、ぼろ雑巾に見えるくらいに打ちひしがれている。

パテーションの影に素早く隠れた2人は、顔を見合わせて笑いを堪えるのに必死
だったが、ついグッという声がもれてイェソンがぴくりと動く。


「お前ら…いつもいつも…俺は年上なのに…馬鹿にしやがって…」


イェソンが狂犬の目をして顔を上げると、そこにはボウル一杯の何かを持ったリョウクが立っていた。


「これはヒョンにだけだよ」


「え?」


フリルのエプロンをぱたぱたとはたきながら、リョウクがイェソンの隣に腰を下ろし
ボウルを差し出す。


「キャラメルポップコーン!うまく出来た。餃子よりこっち食べて?栄養満点なん
だよ、ポップコーンって!」

「お…おう…」


打って変わって満面の笑みでポップコーンを指差すリョウクに、狂犬の目はふわっと
甘い喜びに満ちた。


「美味しい?」

「うん。」

「スタミナ付けて、今夜は頑張ってね?」

「ブッ!!!」

「ちょっと!何なの !?」

「いや、なんでもない…うまい…」


母のように笑いながら横で見守るリョウクと、赤くなりながらも美味しそうに一粒、
二粒とキャラメルポップコーンを口に運ぶ2人を見て、ヒョクチェとドンへは大人しく
席に座り直した。


「なあ…」

「ん?」

ヒョクチェは真剣な目でドンヘに問う。

「あいつらって付き合ってんの?」

「んー…わかんない。」

「そ…そっか。」

「…でも、イェソンヒョンはリョウクの事好きなんじゃないかな?」

「えっ…」

「でもさっきリョウクも、顔赤くして厨房に帰って行ったよね。」

「…見てない」

「ヒョクチェはそういうの鈍いもんな」


愛おしそうな目で、ドンヘがヒョクチェを見つめる。
ヒョクチェは、目を丸くしてドンヘを見返した。


「だって男と男でそんな事思いもしないだろ!?」

「でも付き合ってるの?って思ったんでしょ?」

「…それは」

「ヒョクチェ、恋愛に性別は関係ないんだよ。本当は分かってるくせに。」

「…」

「目を逸らしちゃだめ。認めてあげよう?」


ヒョクチェは、なんだか自分の気持ちを見透かされているような気分になった。
もやもやする、今日一日の出来事。
自分の中に、雨雲みたいに渦巻く、不思議な感情。


「ゆっくりで良いと思うよ。」

「どうなるか分からない事だし。俺はイェソンヒョン、応援してるけどね。」


ドンヘがぽつり、ぽつりと小さい声で呟き続ける。

ヒョクチェはなんだか自分がとてつもなく子供のような気分になって、頭を抱えた。


「俺って視野が狭いのかな…。」

「視野が狭いっていうか、んー、鈍感」

「なんだよ…」

「まあまあ、ほらお粥食べちゃいなよ。早く帰って寝よ。俺今日泊まっていい?」

「うん…」


ドンヘがやったーと笑うのを尻目に、ヒョクチェはお粥をかき込む。
早く寝て、明日考えよう。
俺の事も、友達達の事も。
今日はなんだか色んな事があったな。


そう、考えると猛烈に眠気が襲って来た。
急いで食事を終えると、楽しそうに会話しているイェソンとリョウクにお休みを告げ
いつもオマケをしてくれて、とっても良心的な代金を払って店を出た。


ドンへがまた空を見ながら、ふわふわと何かを話している。


少し、上の空で、眠気と、居心地の良い夜の空気を感じながら
海のように深い、優しい暗闇の中をゆっくりと歩いて行った。








To be continued...

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