2013年2月18日月曜日

Happy Together vol.28









Happy Together vol.28













眩しい。


曇天、が、俺の曇天が。


目の前の眩しい光景に、イェソンはつい息を呑んで目を眇める。




———ヒョクチェが、初めて見る男を連れて店に入って来た。

いつも通り、店を閉めてリョウクの店に居座っていたイェソンは、隅のテーブルから

席に着いた二人をまじまじと眺めていた。



———なんだこいつら。



強烈な眩しさを伴ってそこに座っている二人から目が離せない。

初めて見たって事は、長い付き合いではない筈だ。


先に店に足を踏み入れたとても長身の…ラフな格好だけれど異常に品が漂う
シウォンと名乗った、その男は。

美しく破顔して笑うと、初めましてと言い強い握手で挨拶をした。

隣りに立つヒョクチェは、なんだか嬉しそうに微笑んでいた。


奥から出て来たリョウクにも簡単にヒョクチェから紹介がされて、ぶんぶんと
振り回すような握手をリョウクにもぶつけると幸せそうにヒョクチェを見ていた。


リョウクはぽかんと口を開け、シウォンを見ていて、ヒョクチェは全く
俺達のそんな様子にも気付かずに明日のオーディションは公開だから良かったら
見に来てと言って席に着く。


分かるだろう、これは。


チラリ、とイェソンは奥を振り返ってリョウクを見やる。


リョウクも二人を見ていたのか、イェソンと目が合うとそそくさと料理に
戻った。


…だよな。


何が起きたのかは分からないけれど、猛烈な愛情のオーラに気圧された。


そういう事だろう。


どんな関係性に落ち着いているのかは分からないけれど、これは。


ちらほらと、二人の席からドンへ、という名前が聞こえては声のトーンが
下がったり上がったりしていた。


ヒョクチェは黙り、神妙な顔をしている。


シウォンは優しく微笑んで、ヒョクチェの頬をそっと撫でた。

その手をヒョクチェはバッと振り払うと、目を白黒させてこちらを確認する。


凝視していたイェソンははっと目を逸らし、リョウクにビール!と頼んだ。


リョウクはうわずった声ではーいと返事をするとすぐにビールを持って出て来た。


———見てたか?


リョウクの目を見て、目線でそう確認する。

リョウクは、小さく頷くとイェソンの肩に手を置いた。

もう片方の手でシーッという合図をすると、首を振って更にジェスチャーをした。

”口出し無用”

そういう事だろう。


分かってるさ。


————これは、並の恋をしている人間には毒だ。


触らぬ神に祟りなし、か。


これじゃあドンへが気の毒だ、何気なくイェソンはそう思う。


俺だって、とイェソンはリョウクの消えた店の奥に一瞬だけ視線を送り目を瞑る。


突然、自分の価値観を蹴散らかされたように感じた。

それ程に圧倒的で。

黙って人を愛する事が、静かに気持ちを燻らせている事が余りに馬鹿らしく感じる。



俺の曇天のように。

静かで穏やかな、世界は…。



まあ、俺には俺のやり方がある。

イェソンはテーブルに肘を載せて頬杖をつくと、一気にビールを飲み干した。


————見守ってやるか。


少し、熱くなった脳味噌で、もう一度二人を眺める。


ヒョクチェが、何やら沢山の紙袋の中を引っ掻き回しながら嬉そうに
笑っていた。



後で、ジョンス兄さん達のとこにも行くんだろうか。

こりゃあ、ひと騒ぎするだろうな、あの人達。

そう思いながら、イェソンはふっと、小さく笑う。


せいぜい冷やかされろ。


くくくっと一人で笑いながら、イェソンはリョウクの作ってくれた特製卵蒸しに
取りかかった。












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ドンへは、激しく息をつきながら、会場の重い扉を開いた。


入ると、シッと係員の男性から嗜められる。




暗いステージにパッと灯りがつき、そこに立つ一人の男が照らし出された。




—————ヒョクチェ




姿を見ただけで、ドンへの目からは涙が零れそうになる。



————ああ。


ヒョクチェ。


客席から、こちらを見て手招きをしている男に、ドンへは気付く。


「ヒチョルヒョン」


はやく!と口パクで手招きをされてドンへは腰を屈めて客席に走り込む。


審査員が何かをぺらぺらと早口でヒョクチェに伝え、ヒョクチェは
無言で頷いていた。


いくつかの振りを言われるままにやってみせながら、審査員の手が机の紙の上を
走っているのを真剣な目で見ている。



ドンへは席の周りをざっと眺めると、見慣れた顔が並んでいた。


俺の右側からイェソンヒョン、リョウク、その隣り、列の端にシウォン。


「おそいよ〜ドンへ!」
リョウクがいつもの調子で俺を嗜める。

イェソンヒョンは腕を組んだままこちらを見やると、早く座れ、と小さく笑った。

シウォンは、そんなやり取りを見て微笑むと、俺に頭を下げる。
来てくれて有り難う、と言うように。


左側にヒチョルヒョン、ジョンスヒョン、ヨンウニヒョン。

「お前は遅刻すると思ったよ。」
ヒチョルヒョンが、俺の背中を叩きながら笑う。

「ちょっと…頼むよ、静かに話しなよヒチョラ〜」
こそこそと、ジョンスヒョンがヒチョルを小突いた。

ヨンウニヒョンは笑いを堪えるように口角を少しあげて、笑いかけて来る。

その斜め後ろに、ドンヒヒョン。

真っすぐにステージを見て、目を逸らさない。

そして、その隣りに…


————ソンミン。


目が合うと、変わらずふわり、と笑って小さく手を振って来た。


ああ。


胸が、温かくなる。


なんだろう。

ドンへの胸に何かがどっと込み上げて来た。

辛かったのに、皆の顔を見ると嬉しくて泣けて来る。



「おいっ何既に涙ぐんでんだよ!さすがバカだなお前!!」

小さい声でひそひそとヒチョルヒョンが耳元で話しかけて来た。

「ひどい…」

笑って返すけれど、やっぱり涙がこぼれて、ヒチョルが乱暴にそれを拭い

頭をガシガシと撫でてくれる。

「見とけ、ちゃんと。あいつ…凄いぞ。————成長してんな。」


やっぱり、ちょっと見逃したかと、一気に悲しい気持ちに支配される。


行くか、行かないか迷っているうちに時間だけが酷く早く過ぎていて。


遅れてしまった。


「ほら、ちゃんと見ろ」


ヒチョルが前を指差す。

その時目に入ったトゥギヒョンや、他の皆の顔が。

優しく俺を見ていた。


————ステージを見る。


音楽が、始まった。


カルメンから、ドン・ホセ。


…一緒に、練習を見て居た。

穏やかだった頃の、思い出が胸を刺す。




ダンスが始まる。

ヒョクチェの目に火が灯った。




—————成長、している。




ヒチョルの言葉が反芻される。

が、違う。


これは。

”変化”だ。




ヒョクチェが、その自身だけの力で育った訳じゃない。


以前の、静寂と柔軟さが持ち味だったヒョクチェのダンスは、もう無い。
歯止めが利かない程の、感情がそこに溢れていた。


————みんな、感じている。


徐々に圧倒されて始めている。


そしてそれぞれが、そっとシウォンを盗み見るようにチラリと眺めた。
この男が、変えたのか?と。





それ程に、これまでのヒョクチェとは全く別の姿が…ステージの上に、あった。


それは悔しさなんて、吹っ飛ぶくらいの、衝撃だった。









To be continued...






1 件のコメント:

  1. 打ちのめされそうです。
    絶対的な関係、影響力、
    そういったものを見せつけられて、敵わないと、そもそも違うんだとドンヘは悟るのでしょうか。
    でも、ドンヘを思うと、やっぱり切ないです。
    ヒョクが輝けば輝くほど、切ないです。

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