2013年2月16日土曜日

Happy Together vol.27









Happy Together vol.27
















燕が一羽、ひゅう、と空を旋回した。


見事に雲一つない、美しく水色の空。


シウォンは適当にセットした髪を、思い立ったようにぐしゃぐしゃと掻き回した。
前髪を下ろして、頭を振る。


今日はただのチェ・シウォン。

肩書きを感じさせない自分で居たい。
在りのまま、ただヒョクチェに恋をしているだけの男だ。


それが現在の俺の全て———。




先程目の前のアパートから、小柄な、可愛らしい男性が出て行った。


憂いのある、でもなんだか晴天を瞳に映したような、そんな顔をしていた。

———シウォンはドンへを待っている。


この家に居ると情報を得て、ドンへを捕まえに来た。



何をしているんだろうな、と静かに自嘲に駆られる。
自分の恋敵をご丁寧に、ヒロインの元に招待しようとしているなんて。



だが、決めた事だ。



偽善者だと、人は思うだろうか。

でも俺は、ヒョクチェが笑うのなら、偽善者なんて呼び名だって誇らしい。

…なんと思われたっていい。



所詮、誰も鼻にもかけないような、前途も何も無い恋なんだ。



何も無い。


受け入れられる確信すら、祝福されるような未来も

———思い出に出来る過去も無い。


何も無い。


ただ、愛してる。


そう、ただ、愛してる。



心臓を鷲掴みにされたあの時から。
空から降ってきた天使が目を見開いて、その茶色い瞳が
真っ直ぐに俺を見つめた時から。


光が満ちた。


胸を締め付ける、鼻の奥をくすぐる思いにまた空を仰ぎ見ると

視線の途中のアパートのドアが開くのが目に入る。

空から視線を戻しそこを注視すると、黒いジャケット、黒いデニムの男が
眩しさに手を目の上にかざしながらゆっくりと出て来た。



———ドンへ?



ヒョクチェとの過去と現在から、俺が欲しくてたまらない場所を…
捨てようとしている男。



階段の方に暫く姿が消え、そしてアパートの門からまたゆらりと姿を現す。



———間違いない。


ふう、と一度深呼吸をしてシウォンは祈る。


ぶれるな、と。


腰かけて居たベンチから立ち上がり、こちらの方へ歩いて来るドンへに
向かって真っすぐ近付く。



君を、捕まえるよ。



近付くにつれて、自分の進行方向からやってくる人物にさすがに気付く。

ドンへがシウォンを見つめた。


歩みが止まる。


踵を変えそうかと一瞬迷ったように見えた、が、彼はそこに踏みとどまった。


シウォンは、調子を変えずにゆっくりとドンへの目の前まで歩いて行く。


「…久しぶり、かな?」


シウォンは微笑む。

ドンへが眉をハの字にして何かの言葉を飲み込んだ。


恋敵なのに、守ってやりたくなるような…そんな雰囲気を醸し出すドンへに
シウォンは少し肩の力が抜ける。


ドンへは緊張からか唇を舐めると、目を伏せてもう一度口を開いた。


「…何か…用ですか」


特に乾燥なんてしていないのに、ドンへは全ての言葉が喉に張り付く様に感じる。


「出来れば、カフェか何処かで少しだけ、話がしたいんだ」


シウォンが、街の方を指差して遠慮がちに尋ねる。


「…分かった…」
短く、諦めたようにドンへが呟き、シウォンは目を伏せて微笑むと
街の方へ、どちらからともなく歩き出した。













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”ヒョクチェ!”



ガラスを叩く音と共に、名前を呼ばれる。


ハッと振り返ると、シウォンがガラスの向こうに立って微笑んでいた。


チカ、チカとシウォンの背景には向かいの店舗のLEDが光る。




ヒョクチェはスタジオから急いで駆け出して、鍵を開けに裏口へ廻る。

扉を開けた瞬間、シウォンが丁度扉の前に来ていた。

ヒョクチェは目の前に出現したシウォンに、ワッ!と小さく声を上げてしまう。



シウォンはなんだか大きな紙袋を沢山脇に抱えていて
何かのTVCMから出て来た理想の父親像みたいだった。


「ヒョクチェ」


嬉しそうな声のトーンで俺を呼ぶ。

また、映画俳優かなにかのような、完璧な笑みを顔中に広げて。


"——ああ''


目から始まり、足の指先まで小さな電流が走った。



—————感情。



ヒョクチェは白い歯をこぼして小さく微笑み返す。

シウォンは少し首を傾げると自分の頭を指さして、ヒョクチェの髪を見た。

「色、変えたの?」

は、とヒョクチェは言われて思いだす。
髪を切り、染めた。
オーディションのために金から黒へ。


「…そう、変?」
頭に手をやって、シウォンの目を見る。


何気なく聞いたが、本当は凄く気になった。
いつもの俺なら、似合うだろ?と言った筈で。

女々しいとつい心の中で舌打ちをする。


…出会った時からユニセックスな髪型だったのを思い切り男っぽくした、から。


少しの、不安。


些細な変化の色を見つけようと、見つめたシウォンの目は少し揺れて
その目尻には小さく皺が浮かび、それから、


「君はどんな姿も似合うな」


恥ずかしそうに、両の口角を思い切り上げてシウォンが言う。


「あ…」



————なんだこれ?



怖い。


くらい、嬉しい。


これが、そういう、事かよ。



———感情の、スペクトラム。


ヒョクチェは顔が徐々に熱くなり、首筋まで真っ赤になっていくのを感じた。


「っ…これは、」


シウォンはヒョクチェの赤面に気付くと、悪戯にウィンクする。


もってかれる!


口は動いても、心が喜びの中に鎮座して動かない。



(シウォンは取り敢えず、ヒョクチェに持って来た明日の為のプレゼントを
何処かに置こうと辺りを見回す)


ふ、とシウォンがヒョクチェに目を戻すと、口に手を当てていたヒョクチェが
シウォンを見た。



———その目が。



茶色く、太陽がなくとも透ける様なその茶色い目が。



スローモーションの様に一度瞬かれ、赤い唇が口が無音で動く。



「     。」



ヒョクチェがゆっくりとシウォンに向かって歩き出す。

唇だけが空気を噛む様に小さく動いて、シウォンの首にその白く長い腕を回した。




————其処に、在った。

たった一晩、会わなかっただけで、強烈に飢餓を覚える程恋しかったシウォンが。

目の前に、存在していた。



優しい、包み込むようなムスクの香りで体中がシウォンに満たされて行く。


緊張————する。



ヒョクチェは、シウォンの瞳を見上げる。

なんだか、もう、無理だな、と思った。

言葉が出なかった。



言葉の代わりに、自分の手がゆっくりとシウォンの頬を撫でる。


シウォンは、どうしたんだ?というような少し困った笑顔で
同じようにヒョクチェの頬に手を添わせた。



”————あいしてる。”



言葉が、こんなにも、重くて、激しいものだったなんて。

バサリと、シウォンの持つ紙袋達が音を立てて落ちた。



好きだ、この腕が。

好きだ、この胸が、腰が、首が、顎が、頬が、瞳が、


心が、好きだ————。


どくん、とヒョクチェの心臓が跳ねる。


一気に頭に血が上る。


光で頭が真っ白だ。


シウォンが腕をヒョクチェの背中に回して、背中を撫で下ろす。




「どうしたんだ、何で泣いてるんだ…。」



シウォンが優しく耳元で囁く。

声にならなかった言葉を、何度も何度も胸の中で繰り返す。

愛してるよ、愛してるからだよ。

でもこんなの重過ぎて、喉の奥から自力じゃ引き上げられないんだ。


「何かあった…?」


シウォンの全てを吸い込む。

優しく囁かれる言葉も、変わらず温かい、香りも。

愛も。



「ヒョクチェ、何を言いたいんだい…」


シウォンの手がまた頬を優しく撫でる。

手伝って、手伝ってくれよ。

俺の喉から引きずり出せよ。


「ヒョク…」


「————腹、減った」


ヒョクチェは思いっきり目を瞑って全てを呑み込むと、笑った。


「…ヒョ」


「明日の為にめちゃくちゃ感情入れて練習してて———
何かお前の顔見て気が抜けた。」


「…ほんとに?」


嘘は、すらすらと出てくるのに。

吐き出したいのに、呑み込む。


「飯、行こう?」

「ああ、いいよ。勿論!」

「行きたい店あるんだ。友達の店。」


離さないから。


伝えられるまで、離さないから、大丈夫。


「OK、行こう。」






———シウォンの車にそのまま荷物を積み、リョウクの店に向かった。

少しずつ。


長くかかるかも、すぐに叶うかも。


必ず、伝えるから。




———さあ、行こう。






To be continued...








4 件のコメント:

  1. さっそく読ませていただきました!愛してるをのみ込むひょくが切なくて(;_;)そうだそうだ、愛しさが溢れ出して苦しい時ってこんな感じだ…と、何だか頬骨が痛くなってしまいました。あと、徒然読みました!そんなエピソードがあったんですか!感動しました!そしてPVも和訳もステキです♥ウルウル♥これはさらに浸りますね…!

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  2. こんばんは。Twitterでお世話になっているまなみです。こちらには初めてコメントさせていただきます。

    Katieさんにこのブログを教えていただき読んできましたが、本当にウォンヒョクへの愛が詰まっているなと感じました。
    このHappy Togetherを読んでいると、楽しくなったり切なくなったりいろいろな感情が出てきます。
    お話を読んでいてこんなにも心を揺さぶられることがなかったので驚いています。

    Spectrumを聞きながらこの回を読みましたが、気がついたら泣いていました。それくらいウォンヒョクにぴったりはまる曲だなぁと。こんなに素敵な曲を今まで知らなかったことが残念なくらいです。
    ヒョクチェが言葉を呑み込むシーンにはなんともいえない切なさを感じましたが…Spectrumの曲のようにキラキラした世界が彼らを待っているといいなと思います。

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  3. ヒョクのために見返りを求めずにただただ愛を送り続けるシウォン…やっぱり素適…(*´ェ`*)

    愛してるって声に出せずに涙しちゃうヒョクに切ないんですけど、キュンとしちゃいました^^これからヒョクも加速していくのかなぁ…♥

    MVも見ました!!2、3回みてるとですねわたしの目は俳優さん方がウォンヒョクに見えてきてしまってはぁぁぁぁん////てなりました///和訳もとっても素敵で…音楽と小説合わさると読み手も書き手様のイメージを踏まえて読めるので凄く良いです♥♥♥28話楽しみ(*´ω`*)

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  4. 聴きながら、読みました。

    ヒョクチェの心がいっぱいになっている感じがすごく伝わってきました。
    溢れてほとばしっているのに、言葉は張り付いていて
    今、言えなかった事がどうなるのか、ドンヘの登場と共にドキドキです。
    ちなみに「心が、好きだ————。」が好きです。

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